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2019.10.02

とみ新蔵『卜伝と義輝 剣術抄』第1巻 美しき人間師弟の姿


 (二重の意味で)剣豪漫画家のとみ新蔵による、剣理を通じた人間ドラマ『剣術抄』も本作で四作目。これまでも様々な時代、様々な人々を題材としたシリーズでしたが、本作はタイトルを見ればなるほど! と納得の人選――剣聖・塚原卜伝と剣豪将軍・足利義輝の師弟の物語であります。

 足利将軍家が有名無実化する中、幼くして将軍位に奉り上げられた足利義輝。将軍という役割を儀礼的にこなすだけの毎日に鬱屈したものを抱えていた彼の前に、ある日現れたのは、剣士としても名高い塚原卜伝でありました。
 初めは剣客らしからぬその温厚な風貌を舐めてかかっていた義輝ですが、家臣たちが、そして自らも軽々とあしらわれたことから態度を改め、卜伝に対して師弟の礼を取ることになります。

 純粋な心と優れた素質を持つ義輝に己の剣技を伝えることに喜びを覚える卜伝と、将軍としての型にはめられた毎日には決してない充実感を覚える義輝。しかしそれを快く思わない義輝の母・慶寿院の横槍によって、卜伝は義輝のもとを離れることになります。
 それからしばらくして、鹿島の卜伝のもとを訪れた牢人の青年。山霞幻太と名乗る彼こそは何と……!


 いずれも歴史上の有名人、特に一方は室町幕府第十三代将軍ということで、確たる史実という縛りが存在する卜伝と義輝。しかし本作は時に史実に忠実に、そして時に思わぬ飛躍を見せて、その二人の師弟関係――これは言うまでもなく史実ですが――を自由に、そして味わい深く描くことになります。
 颯爽としつつも思慮深さをうかがわせる若者の義輝と、剣士という血生臭さとは無縁の滋味に溢れた壮者の卜伝――作者の理想とする剣士の姿を具現化したような二人ですが、しかし特に卜伝について、この境地に至るまでの紆余曲折を、本作は丹念に描き出します。

 かつては故郷で力自慢の無鉄砲な若者であった新右衛門(卜伝)。従者一人を連れて武者修行に出た彼は、各地で武芸者たちと命がけの戦いを繰り広げ、そして様々な大名に陣借りして合戦で名を上げるのですが――その果てに彼に何が残ったのか。
 とある合戦で長きにわたり旅を続けてきた従者を失い、血塗れで彷徨する自らの顔を目の当たりにした新右衛門。そこから己の行くべき道に気づいた新右衛門の目指す剣は、あるいは非常に説教じみて見えるかもしれません。

 しかしある種この時代の武芸者が歩む典型的な道と、そこから一度どん底まで落ちた彼の姿を、ここで作者一流のリアリズムで描くことによって、大きな説得力を持って感じられるのであります。


 さて、そんなある意味理想の師、師の理想ともいうべき卜伝の下で思う存分剣を学ぶために、影武者を使って飛び出してくるという義輝――という剣豪将軍な展開は思い切ったものではありますが(さすがに驚いた卜伝の顔がおかしい)、しかしそこで自らの身分を捨て、一人の人間として剣を磨く義輝の純粋さは印象に残ります。

 そして本作はそこに、もう一人のキャラクターを配置することで、義輝の人物像を更に際だたせていると感じます。
 それは塚原玄祐――卜伝の養子であり、義輝の兄弟子でありながら、剣の腕では遠く及ばない人物。南方の生まれのような己の風貌と養父に遠く及ばない腕にコンプレックスを持ち、その反動に義輝に事あるごとに辛く当たる人物であります。

 このように義輝とは対極にある玄祐ですが――しかし本作はそんな彼を単純に仇役として描くのでは決してなく、彼もまた一個の歴とした人間として描くのです。
 そして同時に、そんな愛すべき凡人の存在で照らし出すことにより、卜伝も義輝も、彼と、そして我々と何らかわらぬ人間であることを、本作は描き出すのであります。


 剣術描写の見事さは今更言うに及ばず、その人間描写の確かさでも感嘆させられる本作。このままこの美しい師弟が時流とは無縁にただ剣に打ち込んでいく姿を見守っていたい――思わずそう感じてしまう物語であります。

 が、もちろん史実はそうではないことは言うまでもありません。この先待ち受ける激動を、そして大いなる悲劇を本作がどのように描くのか――それはおそらく、単なる悲しみだけに止まらないその先を描いてくれるものと、いささか気が早いのですが期待してしまうのであります。


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