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2019.10.19

畠中恵『てんげんつう』 妖より怖い人のエゴと若だんなの成長


 ご存じ『しゃばけ』シリーズ第18弾は、若だんなの許嫁である於りんを中心に、周囲の人々が巻き込まれた事件に若だんなが挑む全5編。いつもより少しだけ重さとダークさが増している気もしますが、若だんなの成長も窺える、そんな一冊であります。

 廻船問屋兼薬種問屋・長崎屋の若だんな・一太郎は、生まれついての病弱ながら、実は大妖の血を引き、兄やの仁吉と佐助をはじめとする妖たちとともに賑やかに暮らす毎日。今日も兄やたちに小言を言われながらも、若だんなと妖たちは、奇怪な事件に巻き込まれ、その謎に挑むことに……

 という設定でお馴染みの本シリーズですが、開始当初から一番大きく変わったのは、若だんなに許嫁ができたことではないでしょうか。
 その許嫁――やはり妖を見る力を持つ深川の材木問屋の娘・於りんはまだまだ幼く、嫁入りも先だけに(かなり序盤から登場しているわりには)存在感はあまり強くありませんが、しかし将来を共にする人が出来たことは、若だんなにとっては一つの自覚を芽生えさせたと感じられます。


 さて、相変わらず病弱な若だんなのもとに妖たちから妙薬が届けられる中、長崎屋に現れた天狗の姫君・花風一行。仁吉に一目惚れした彼女は、若だんなの祖母であり仁吉の片思いの相手であるおぎんに(そうとは知らずに)、仁吉との縁談を望んだというのです。
 しかし話が進まないのに業を煮やした天狗たちは、おぎんにある勝負を持ちかけ、彼女もそれに乗ったというではありませんか。しかし仁吉の方はもちろん嫁を取る気などなく、おぎんに変わって勝負を受ける羽目になるのでした。

 そんな騒動の一方で、於りんの実家では、彼女や親を含めて店の者が誰もいなくなり、店のものも失われているという奇妙な事態が発生。妖たちの騒動の、人の側の騒動と、二つの騒動に巻き込まれた若だんなは――というのが、冒頭の一編「てんぐさらい」であります。

 そしてそれ以降も、本書では妖の世界と人の世界が複雑に絡み合った事件が次々と起こることになります。
 若だんなの薬探しを巡って大喧嘩し、共に閉じ込められてしまったおぎんと仙狐の大妖同士。それを逆恨みした仙狐の息子が嫌がらせのために一太郎に縁のある者に祟ったというのですが、それが何故か於りんの父の相談相手の僧の弟子で――という「たたりづき」
 於りんの父の見合い相手が山姥らしいという奇妙な噂をきっかけに、若だんなが幼なじみの栄吉と札差の娘との、そして犬猿の仲の札差同士の子供の縁談を巡る奇妙な騒動に巻き込まれる「恋の闇」
 かつて猫又から目玉をもらって以来、未来を見通す「天眼通」となった男が、その力と背中合わせの不幸から逃れるため、自分の眼に映った若だんなを頼って来たことをきっかけに、上野の寛朝をも巻き込んだ騒動に発展する「てんげんつう」
 深川に評判の桜に何故か毛虫が大量発生し、於りんだけでなく若だんなまでが被害に遭う羽目になったことから、毛虫たちを常世神と呼ぶ男たちの謎を解くために、若だんなが場久の悪夢に潜り込む「くりかえし」

 ごらんの通り、相変わらず賑やかな騒動が繰り広げられることとなりますが、冒頭3話などは、於りんの父とその妻にまつわる騒動を背景としていることもあってか、ちょっと暗めの印象もあります。
 本書全体を通じても、妖以上に周囲を振り回すほどの強いエゴを持った人が関わる事件が大半のためか、元々シリーズの隠し味であった、ままならぬ現実の苦みが、いつも以上に盛り込まれている感があります。


 そんなちょっと重めの内容の本書ですが、しかしその中で一種の希望として感じられるのが、若だんなの成長であります。
 もちろん(?)今回も若だんなが病弱なのは上に見たとおりですが――しかし於りんが関連する物語が多いためか、いつも以上に強い意志を以て事件に挑んでいるように感じられるのです。

 その最たるものは、「たたりづき」冒頭の、おぎんを閉じこめた狐たちに対し、騒動を収める見返りにおぎんの減刑を求めるくだりでしょう。
 条件を小出しにしながら相手の出方を見極め、ここぞという時に前に出るという呼吸は、完全に商売のそれであって、若だんなも商人としての顔をしっかり持っているのだな、と何だか嬉しくなるのです。(その一方で於りんの父にきっちり挨拶する場面もあり……)


 その「変わらなさ」がしばしば指摘される本シリーズではありますが、しかしそうではなく、着実に時は流れているのだということを、改めて確認させてくれる一冊であります。


『てんげんつう』(畠中恵 新潮社) Amazon
てんげんつう


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