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2019.10.03

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第15章の4『水琴』 第15章の5『千鬼夜行』 第15章の6『三つ巴の戦い』


 北からやって来た盲目の美少女修法師の退魔譚、第15章の後半戦は、原点回帰の一話完結の付喪神もの三話が描かれることとなります。

『水琴』
 あくどい商売で人の恨みを買ってきた骨董屋の主人・丹兵衛の耳に、ある日から聞こえ始めた原因不明の水音。恐ろしいだけでなく、強烈な羞恥心を呼び起こすその音にすっかり弱ってしまった彼は、渋々百夜に頭を下げるのでした。
 傲岸不遜な丹兵衛に腹を立てながらも、左吉やその主人の倉田屋徳兵衛とともに、水音を起こす品物を突き止めた百夜。その正体は何と……

 これまで幾人もの悪人や厭な奴が登場してきた本シリーズですが、本作の丹兵衛もかなり厭な奴。商売があくどい・せこい上に無反省、当然のように百夜を小娘と見下す――と定番のパターンではありますが、本作はその丹兵衛のキャラクターが、怪異の内容や正体と関わってくるような形で描かれているのがなかなか面白いところです。

 そしてそれ以上に面白いのは、やはり何と言ってもその怪異の、付喪神の正体なのですが――タイトルの水琴のようにポチャンと響く水滴の音と羞恥心が何を意味するのかが、ある「史実」と結びついて明かされた時には、こうくるか! と仰天させられました。

 そして今回の怪異を収めるのに解決した左吉の名前を見てもう一度「あっ」と……


『千鬼夜行』
 下谷小田村で、夕暮れから夜にかけて百姓たちの前に現れる怪異。それは無数の白く光るモノが追いかけてくる上に、白く光る矢や斧が放たれたり、足元には紐のようなものが絡みつくという恐しいものでありました。
 さらには白光を放つ桃や五色に光る蜘蛛、髑髏まで現れるという不可解な事態に乗り出した百夜と左吉ですが、早速その晩に千に近い気配に囲まれ、襲撃を受けることになります。百夜が見抜いたその正体とは……

 タイトルのインパクトがまず目を奪う本作――本シリーズのタイトルに冠されているのは「百鬼夜行」ですが、本作は「千鬼夜行」、つまりそれより十倍多い!
 それではさぞかし恐ろしいモノたちが、と思えば、登場する怪異は剣呑ながら比較的小粒にも思えるのですが――しかし本作の白眉は、やはりその怪異の正体でしょう。

 明かされた時には比較的意外性は薄い――と思われたのが、ある事実が明かされてみればなるほど! と唸らされるその正体。この驚きは、よく出来たミステリから受けるものに近いと感じるのです。


『三つ巴の戦い』
 唐物屋・和泉屋で夜ごと起きる、あたかも水の中にいるように周囲が揺らめいて見え、回りに泡が現れるという怪異。
 目の前の日本橋川の水死体の亡魂の仕業では、と震え上がった店の者の依頼を受けた百夜ですが、怪異の正体探し勝負を始めた百夜と左吉に和泉屋の大番頭の正三郎は不満顔。いつしか売り言葉に買い言葉で、三人で正体探し勝負を始めることに……

 前話同様、その剣呑な題名に驚かされるのですが、蓋を開けてみればなるほどそういうことね、とちょっと微笑ましい本作。
 しかし百夜と左吉の一対一の勝負では左吉に正直ハンデが大きすぎるところに、第三者が加わることで謎解きが盛り上がるというのは、なかなか面白い展開でしょう(三人がそれぞれ自分が勝った時の褒美を要求する場面も実に愉快)。

 さて、それで怪異の正体が今ひとつであればがっかりなのですが心配ご無用。三人が三人それぞれに知恵を巡らせて(ちょっと焦った百夜が大人げなく策を巡らせるのも楽しい)掴んだ怪異の正体には、今回も「なるほど!」と唸らされるのです。
 そして三人の勝負の行方は――という結末も爽やかで、章の締めくくりに相応しいエピソードと言えるでしょう。


 というわけで原点回帰と左吉の修行編という趣も強いこの章。これまで頼りなかった左吉が、何だか大きく成長したようにも思えますが、さてこの先その成果が出るのか――そちらも楽しみにしておきましょう。


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