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2019.10.08

重野なおき『信長の忍び』第16巻 信長を見つめてきた二人の別れ道


 くノ一千鳥を通じて信長の一代記を描く『信長の忍び』、その第16巻では、前の巻の終盤で動き始めた二人の強敵――義の人と裏切りの男という全く対照的な二人が、信長の前に立ちふさがることとなります。

 越後の動向を探りに行った森蘭丸、そしてその付き添いの千鳥と助蔵の前に現れた上杉謙信当人。あろうことかそのまま謙信と酒盛りする羽目になった三人ですが、これこそが謙信の自身であり、策でありました。
 かくて始まるは上杉軍による七尾城攻め。これに対して派遣されたのは柴田勝家と秀吉ですが、何と秀吉は勝家との意見の対立の末に戦線離脱、帰還という前代未聞の挙に出ることになります。そして残った勝家を、軍神・上杉謙信の恐るべき策の数々が襲うことに……

 と、この巻の冒頭で描かれるのは、織田軍と上杉軍の数少ない正面衝突である手取川の戦い。
 この戦いについては信長公記に記録が残されていないこともあり(その辺りを本作ではえらく力業で処理しているのが可笑しい)、諸説あるようですが、本作では謙信の水際立った強さと、あと酒好きっぷりが印象に残ります。

 戦国武将の、どこか武将らしからぬ特徴を取り上げて強調することにより、キャラクターをディフォルメすることを得意とする本作。そして謙信の場合の特徴は、前の巻でも披露された酒好きっぷりであります。
 この辺り、あまりやり過ぎると興ざめになりかねませんが、むしろ戦場でも酒杯を手放さない謙信の豪傑ぶり(とそれとは裏腹なビジュアル)がむしろ一種の凄みとなっているのが面白いわけで、そのさじ加減は本作ならではでしょう。

 そして凄みといえば、この戦いではある理由から、珍しく千鳥が凄惨な戦いを展開するのも印象に残るところで、本作では織田軍の大敗という結末で描かれるこの戦いの激しさを(きっちりギャグを交えつつ)描いていると言えるでしょう。


 そしてその激闘から帰還早々に千鳥を待っていたのは、あの松永久秀の謀反の報せ。前の巻では出陣前に千鳥が虫の知らせとも言うべき形で久秀の行動を予見しており、それもあって帰還を急いでいたのですが――時すでに遅く、久秀はみたび信長に叛旗を翻したのであります。

 本作においては、他の武将からは一歩引いた形で信長の天下布武を眺めるというスタンスが、彼に一種「大人」(好色という点は抜きにして)としての独自の存在感を与えていた感がある松永久秀。
 そしてそんな彼の立ち位置が、千鳥をして久秀にどこか師あるいは祖父のような敬意と親しみを抱かせていたのだと感じられます。

 さらに言えば、信長に近く、しかし一歩引いた位置から彼を見ていたという点において、本作における千鳥と久秀は、信長の姿を照らし出す者という共通点を持っていたと言えるかもしれません。
 しかし初めから自らを信長の影とも刃とも思い定めている千鳥に対して、久秀はあまりにも戦国武将であった――あろうとした、ということなのでしょう。

 そしてそんなある意味似たもの同士の二人が、互いをどう見ていたか――その想いが迸る信貴山城天守閣での対峙は、ただただ圧巻なのであります。


 さて、こうした千鳥には辛い二つの戦いの後に待ち受けているのは謙信の再来。今度こそ信長と謙信の激突ととなるか、と思いきや何と――というのは史実通りではありますが、先に述べた本作の謙信のキャラからすると、妙な説得力があると言うべきでしょうか。
 その一方で、上杉を探るため再び越後に潜入した千鳥と助蔵があの戦いに巻き込まれるのは、さすがに兼続思い切りが良すぎだろう、という印象が強いのですが……

 何はともあれ、最大最強の敵の一人が消え、また一歩天下に近づいたかに見える信長。果たして次は誰が、何が描かれるのか――本作ならではの視点に、引き続き期待であります。


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