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2019.10.20

幹本ヤエ『十十虫は夢を見る』第4-5巻 英兒自身の事件と、どんでん返しの先の悪意と


 本郷の喫茶店「十十虫」の常連の高校生・高月英兒――人の夢の中に現れ、不思議なお告げをする彼と、店のウェイトレス・美和子のコンビが、数々の事件に挑むシリーズも中盤。この第4巻・第5巻では、高月自身の物語が徐々に明らかになっていくことに……

 十十虫の常連客の壱高生・高月英兒。彼には悩める者の夢の中に現れ、その悩みを解決する謎めいたお告げをする力がありました。
 今日も彼に会うために十十虫を訪れる様々な人々。しかし実は現実の英兒は夢の中のことは全く預かり知らぬこと――わけのわからぬままに事件に巻き込まれる彼は、店のウェイトレスの怪力少女・叶美和子と共に、謎解きに奔走する羽目になって……

 という本作の基本設定はもちろん変わりませんが、第4巻の冒頭に収録された「月と箱庭と」では、謎めいた(?)彼の日常が明かされることとなります。
 十十虫から近い壱高――将来国家を背負ってたつエリートたちの学び舎に通う英兒。しかし彼を含めた周囲の普段の顔は、いたってバンカラというか雑というか、何ともいい加減な、現代と変わらない男子高校生の日常を送っているのであります。

 そんなある晩、寮内の点呼に出かけた英兒。しかしその帰りに彼が見たのは、庭に置かれたボールと、それを自分に向かって蹴ってきた誰かの足――割れた窓ガラスによる怪我は幸い軽かったものの、果たして誰の仕業なのか。ふとした手がかりをきっかけに英兒がたどり着いた真実とは……

 第3巻でごく軽く触れられた、彼が妾の子であるという事実。このエピソードでは、そのために周囲から疎外されて来た彼の過去が描かれることとなります。
 どれだけ努力しようとも、いやそれだからこそ冷たい周囲の目。今ではすっかり捨ててきた過去が、どのような形で現在の、奇妙な事件に絡むのか――それはもちろん読んでのお楽しみですが、ここで描かれるのは、他のエピソード同様、相手を思いやりながらもすれ違う、何ともやり切れない人の情の存在なのです。

 このエピソード、先に述べたとおり英兒はお告げをしている自分自身を知らない=自分にはお告げは与えられないため、純粋に自分の力で謎を解かなければいけないというミステリとしての側面も面白いところであります。
 もう一編、第5巻に収録の「記憶の一葉」では、英兒が厳しかった母と暮らした幼い頃の記憶の真相が描かれることとなりますが、こちらもお告げ抜きの、ある種の日常の謎を描くミステリとして成立している内容です。


 さて、もちろん英兒自身のそれだけではなく、他にもバラエティーに富んだ事件が描かれる本作。英兒とは何かと縁のある民間調査機関・八研の女性調査員の恋(?)が、関東大震災の深い爪痕と交錯する「愛しいあの子のお人形」、あの忠犬ハチ公と女流作家の初恋の結末が意外な形で繋がる「17になった日」、美和子と八研の無愛想な調査員という妙なコンビが人捜しに奔走する「思ひ出橋のたもとにて」……

 どれもミステリとしてユニークな上に、昭和初期という舞台ならではの物語が展開されるのがイイのですが、圧巻は第5巻の後半、初の3話構成の「夜の蝶と蜘蛛の糸」です。
 ある日、十十虫を訪れた美和子とうり二つの女性・喜和子。小学校の教師である一方で、家族を支えるために夜は銀座でカフェーの女給をしている彼女は、店に客としてやってきた遠縁の男につきまとわれ、学校にバラすと脅されているというのです。

 例によって夢に現れた英兒の謎めいたお告げに導かれた彼女は、美和子に替え玉になってもらい、男に他人のそら似だと信じ込ませてほしいと言うのですが――それを引き受けた美和子は、未知の世界に戸惑うばかり。
 ついにいやらしい客に体を触られ、大きなショックを受ける美和子。しかしそれ以上の衝撃が彼女を待ち受けていて……

 と、まさしく夜の蝶の世界を舞台にしたこのエピソードは、その発端もユニークながら、思わぬ大ドンデン返しが待ち受けている物語。これまで様々な事件が描かれてきたものの、、本当の悪人はほとんど登場しなかった本作ですが、ここで描かれる悪意の姿には、心が凍り付くような恐ろしさがあります。
 しかし本当に凍り付くのは、その悪意が生まれたきっかけであります。あまりに理不尽な運命に遭遇した時、人はどうなるのか、どうすればいいのか――イイ話が多い本作ですが、大いに苦いものが残るこのエピソードは強く印象に残ります。(もっともその先に、だからこその救いも存在するのですが……)

 そしてこのエピソード、英兒が事件の真相に気付くミステリ味も嬉しいのですが、結末ではさらに意外な方向に展開していくことになります。それが物語にどのように繋がっていくのか――つづきのご紹介はまた近日中に。


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