横田順彌『冒険秘録 菊花大作戦』 明治天皇誘拐!? 天狗倶楽部最大の戦い
このたび、関智一率いる劇団ヘロヘロQカムパニーによってまさかの舞台化が実現した、明治冒険小説の快作であります。描くは今年惜しまれつつ亡くなった横田順彌、主人公はもちろん押川春浪と鵜沢龍岳、そして天狗倶楽部の面々――痛快男児たちが、明治天皇誘拐という驚天動地の事態に立ち向かいます。
明治45年、赤坂の料亭から何者かによって連れ去られた明治天皇。7日後に日本とロシアとの秘密条約調印を控えた中、事が公になれば、いまだに不安定なロシアとの関係がさらに悪化しかねない――いやそもそも、一国の元首が誘拐されるとは、国家の恥以外のなにものでもありません。
軍も警察も表だって動かす事ができない中、東京市長・尾崎行雄は、最後の希望を押川春浪と天狗倶楽部に託すのでした。
かくてこの密命を受けた春浪は、天狗倶楽部の精鋭7名を選出、そこに旧知の警視庁の黒岩刑事と妹の時子嬢、憲兵隊の織田少尉を加えた面々で、日本の命運を賭けた任務に挑むことになります。
しかし犯人からの要求もない中、事態は五里霧中の状況。果たして犯人は何者なのか、そしてその狙いは何なのか。そして何よりも天皇陛下はどこにおわすのか――刻一刻迫るタイムリミットが迫る中、春浪と天狗倶楽部の活躍や如何に!?
というわけで、数ある横田順彌の明治小説の中でも、屈指のテンションの高さとエンターテイメント度を誇る本作。
本作はいわゆる鵜沢龍岳もの――春浪の弟子である科学小説家・鵜沢龍岳を主人公としたシリーズの一作であり、時子や黒岩刑事といった登場人物、あるいは作中で言及される事件などは、そちらを敷衍したものとなっています。
しかし基本的にそのシリーズが叙情的なSFミステリとでもいうべき内容であるのに対して、本作はSF味はなしの純粋な冒険小説――「SF的」な事件や現象が起きるではなく、あくまでも地に足のついた(?)物語が展開していくことになります。
もちろん、物語の中心にあるのは、明治天皇誘拐と、その解決が天狗倶楽部に命じられるという超特大級のIFではあります。
特に、いくら何でもこの事態に天狗倶楽部にお鉢が回ってくるのはいかがなものか、という印象はあるものの――もっとも、春浪と大隈重信の結びつき、そして作中でも活躍する尾崎行雄の息子が天狗倶楽部メンバーという史実はあるのですが――そんなものは冒頭から全速力で展開する物語の前に、雲散霧消してしまうことになります。
物語にタイムリミットが設定され、それまでに事件を解決しなければ大変な事態に――というのはこの手の物語の定番も定番ではありますが、そこに至る7日間の一日を一章として展開していく物語は緊迫感十分。
そしてそんな事態の中、春浪に選抜された天狗倶楽部の精鋭たち――春浪、龍岳、中沢臨川、小杉未醒、阿武天風、針重敬喜、河野安通志、吉岡信敬――が、それぞれの個性を生かして活躍するのですから、盛り上がらないはずがありません。
また、明治という過去を現代を舞台とした物語のようなディテールで丹念に描くのは作者の明治ものの特長の一つですが、本作ではそれが、電話はまだまだ限定的、電報ですらまだまだ普及しきっていないという通信状況に現れているのが面白い。
さらに、自動車も都内に百数十台きり、それもせいぜい最大時速30km程度――という移動手段の制約をも描くことにより、この時代の不便さ・制約を用いて、冒険ものとしての緊迫感をより高めているのも見事であります。(そしてそれが終盤の痛快な名場面に繋がっていくのもまた!)
そんな痛快無比の明治冒険小説であるものの、残念ながら初刊以来埋もれた状態――先だっての鵜沢龍岳ものの復刊からも漏れる形となって――にあった本作。
それが今般、こうした形で知られるようになったのは正直に申し上げれば意外ではありますが、もちろん欣快至極でもあります。
願わくば、この小説自体もどこかで復活していただきたい、少しでも多くの方が手に取っていただきたいと、心から願う次第です。
『冒険秘録 菊花大作戦』(横田順彌 出版芸術社) Amazon
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