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2019.10.30

とみ新蔵『卜伝と義輝 剣術抄』第2巻 剣士としての無念無想と、人間としての執着と


 剣豪漫画家・とみ新蔵の剣術時代劇画『剣術抄』シリーズ第4弾の第2巻、完結編であります。塚原卜伝と足利義輝――強い絆に結ばれた師弟の平穏かつ充実した日々は終わりを告げ、義輝は征夷大将軍に戻ることになります。そしてその先に待つものは……

 かつては戦場往来の武者ながらも、その空しさと兵法の奥深さを知り、ひたすら己の剣を極める道を歩む塚原卜伝。お飾りの将軍としての日々に飽き足らぬ中、その卜伝と出会い、兵法の素晴らしさに目覚めた足利義輝。
 身分こそ大きく違え、共に剣の道を行く者として強く惹かれあった師弟は、一度は鹿島と京に分かたれることになりますが、義輝が京を出奔、山霞幻太と名乗って鹿島の卜伝の門を叩いたことで、再会することになります。

 大いに驚きながらも、義輝――いや幻太を受入れ、その剣の蘊奥を共に極めんとする卜伝。師弟は時に身分を隠して放浪し、時には農家で農作業を手伝い、時には村祭りに参加して人々とともに歌い踊り――と、剣のみならず、人としてあるべき姿を共に求めていくことになります。
 そんな夢のような師弟の日々は、しかし(当然ながらと言うべきか)長くは続きません。影武者を置いてきたのも早々に露見し、細川藤孝の懇請によって義輝は鹿島を離れることになったのであります。

 そして将軍として諸大名の均衡を保ち、世の争いを収めることこそが自分の役割と、積極的に動く義輝。しかしそれは、将軍を傀儡として利用せんとする者たちにとっては、目障りな行動でしかありません。
 そして松永久秀と三好三人衆に不穏の動きありと知った卜伝は、痛めた体を押して、京に向かうことになります。しかし時既に遅く……


 足利義輝がどのような最期を遂げたか――およそこの時代の剣術剣豪に興味を持つ方であれば、知らないはずはないでしょう。そう、松永・三好の軍勢が二条御所に乱入した永禄の変により、義輝は壮絶な討ち死にを遂げたのであります。

 そして本書は、後半をほとんど丸々使って、この義輝最後の、最大の戦いを描くことになります。
 卜伝の下で剣を収め、当代屈指の剣士と言うべき義輝。当然ながらその剣は後世の剣道とは大きく異なり、超実戦派とも言うべきものであります。本作は、その義輝の剣を、長い長い死闘の中で、余すところなく描き出すのです。

 多勢に無勢どころではない、義輝一人対数十人の兵という戦い。巷説ではこの時義輝は名刀宝刀の数々を自分の周囲に突き刺して次々と取り替えながら戦ったとも、そのあまりの強さに恐れをなした兵たちに最後は畳で押し包まれて討たれたとも語ります。
 本作はこうした巷説を踏まえつつも、しかしむしろそれを乗り越え、剣術者としての一種の極みともいうべき無念無想の状態(本書の表紙の印象的な表情の義輝はまさにこの姿であります)となった義輝の姿を描いてみせます。その静かなる死闘の姿は、これはもう作者ならではのものと言う以外にありません。

 考えてみれば、およそ一流の達人とも言うべき者が、これほどの死地に置かれ、そしてその剣を振るった例はほかにはなかったかもしれません。その意味でもこの戦いは、この『剣術抄』で描かれるべきものであった――そう言ってもよいのではないでしょうか。


 しかし本作は同時に、卜伝の姿を通じて、全く異なるものを描き出すことになります。
 それは人間としての執着の姿――弟子の危機を案じて、馬で尻を痛め、元々痛めていた足をさらに痛め、まさに這々の体でひたすら京に向かう、そんな卜伝の姿は、義輝の無念無想とはおよそ対極にあると言うべきでしょう。

 それは剣聖としてはあり得べからざる姿なのかもしれません。しかし本作を読めば、そんな卜伝の姿に否定的な感情は浮かぶはずはありません。それはまぎれもなく弟子を思う師としての――人間としての情の発露なのですから。
 生きている限り人は何かに囚われてるものなのか。そしてそれは否定されるべきものなのか。本作は、優れたそして壮絶な剣豪物語であると同時に、その囚われから解放された義輝の姿と囚われた卜伝の姿を通じて、そんな人間の在り方についても、我々に問いかけるのであります。

 まず間違いなく、作者のみ描ける、作者だからこそ描けた物語であります。


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