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2019.10.10

『吾峠呼世晴短編集』に見る作者の志向・嗜好


 『鬼滅の刃』が大ヒット中の吾峠呼世晴の初期短編集が、『鬼滅の刃』の最新巻(と小説版第2弾)と同時に刊行されました。デビュー前からの4作品が収録された本書、巻頭に収録されたのは『鬼滅の刃』の原型として知られてきた『過狩り狩り』であります。

 おそらくは明治か大正の頃、町の人々を恐れさせる残忍な連続殺人事件――それは異国からやってきた鬼による人狩りでありました。
 これに対してこの国の鬼である時川、珠世と愈史郎の三人は異国の鬼を狩るべく動き出すのですが、思わぬ相手の力に手こずることになります。

 そんな鬼同士の妖戦の最中、その場に現れた一人の若者――目元に大きな傷を負い、唯一残った左手に刀を手にした若者こそは……


 冒頭に述べたとおり、『鬼滅の刃』の原型である本作。人食いの鬼とそれを斬る者、鬼を相手にしたその選別、人に隠れて棲む鬼である珠世と愈史郎(使う術までも同じであります)――大きく異なるのは相手が異国の鬼であることと、主人公の造形くらいですが、しかし一読しての印象は大きく異なる物語であります。

 その理由の最たるものは、この物語の視点が、ほとんど全般に渡って鬼側にあることでしょう。そう、本作は異国の鬼に縄張りを荒らされた鬼・時川(服装だけはおそらく無惨の原型)、そして珠世と愈史郎の姿から始まり、全体の半ばまでは、鬼同士の戦いが描かれるのです。
 「狩猟者」の青年については、その過去が幾度かに渡って挿入されることでキャラクターを描写しているのですが、その描き方も相まって、本作の主人公は鬼の側という印象が残ります。

 ちなみに本作のタイトルは、物語終盤の珠世の印象的な台詞「狩り過ぎれば狩られる
」から来たもの。人を狩る鬼と、それを狩ろうとする鬼、そしてさらにそれを狩る人――奇妙な三つ巴の姿が描かれる本作ですが、ここでは人と鬼の間に、ある種の均衡関係が感じられます。
(これも原型である喋る烏の「天秤を狂わせてはいけません」という台詞からすると、狩猟者の側も、あくまでも鬼の過剰な狩りに対してのみ動いているのでは、という印象が……)

 そんな物語構造、そしてほぼギャグなしという点や、名前でなく番号で呼ばれる異形の主人公の造形も相まって、非常にドライな印象を受ける本作。
 本作の要素を色濃く残しながらも、『鬼滅の刃』があくまでも少年漫画として成立していることを思えば、その両者の間にあるものについて、大いに考えさせられるところであります。
(それにしてもファンブックに収録された『鬼滅の刃』のプロトタイプでは、ここからさらに主人公の異形化が進められていたのを何と評すべきか……)


 そして残る3つの収録作品も、作者らしさを色濃く感じさせる作品揃いであります。
 親を殺された少女の依頼を受け、それぞれ虫の力を持つ奇矯で異常に個性的なな殺し屋兄弟が悪人を討つ『文殊史郎兄弟』。
 人に取り憑く邪氣を祓う浄化師の青年・アバラと、髪に異常な執着を持つ女殺人鬼の死闘『肋骨さん』
 人を呪い殺すことを生業にする呪殺屋に対し、その呪いを解く傲岸な解術屋の青年の活躍を描く『蠅庭のジグザグ』

 いずれの作品も現代が舞台で、すっとぼけたギャグも散りばめられていることもあって、『過狩り狩り』とは一見大きく異なる印象を受けます。
 しかし、物語設定の伝奇性と登場するキャラクターたちの心身の異形ぶり、そしてそれと直結する主人公の非ヒーロー性(と一種の空虚さ)という点において、やはり相通じるものを濃厚に感じさせてくれます。
(唯一『肋骨さん』のアバラは無私の善意で活躍する明確なヒーローに見えますが、その背後にある空虚さを剔抉することこそが本作のテーマでもあり……)


 そんなわけで、実に作者の志向・嗜好を濃厚に感じさせる、紛うことなき作者のルーツというべき本書。
 ここから『鬼滅の刃』の間の近くて遠い距離を思えば、作者らしさを残しつつも、少年漫画として成立させた意味の大きさを考えさせられる――というのは先に述べたことの繰り返しになりますが、偽らざる感想であります。


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