鳴神響一『昇龍 おいらん若君徳川竜之進』 最後の激闘、そして竜之進が得たもの
吉原一の花魁に身をやつした尾張徳川家の若君・竜之進の冒険もいよいよ本作で完結であります。宿敵である怪人・広田左近の幻術に敗れ去り、囚われの身となった竜之進。彼を救うべく後を追う甲賀四鬼たちの死闘の行方は、そして竜之進の運命は……(内容の詳細に触れますのでご注意下さい)
生まれ落ちてすぐに御家騒動に巻き込まれ、生母を殺された末に、自分も命を狙われてきた尾張宗春のご落胤・徳川竜之進宗光。
くノ一・美咲と甲賀四鬼たちに守られて江戸に落ち延びた彼は、吉原で女郎屋を営むことになった美咲たちの下で、何と花魁に身をやつすことで生き延びてきたのでした。
しかし彼の若い血潮が、そんな駕籠の中の鳥の生活に飽き足りるはずがありません。これまでもお忍びで町に出ては、江戸を騒がす怪奇の事件と対峙してきた竜之進ですが――激闘の末にその一つを挫いた直後に、思わぬ窮地に陥ることになります。
突如天空から舞い降りた青龍――それを操る者こそ、かつて竜之進の母を殺し、美咲に片目を潰された尾張御土居下組の怪人・広田左近。その術の前には竜之進の剣術も通じず、美咲たちの前で彼は連れ去られてしまったのであります。
かくて、主人公の絶体絶命の窮地から始まるこの最終巻。懸命の探索の末、竜之進が生きたまま尾張に連れ去られようとしていることを知った美咲と四鬼、そして竜之進を慕うくノ一の少女・百合は、その前に竜之助を奪還すべく、乾坤一擲の勝負に出ることになります。
忍びらしくも痛快な策を用いて、竜之進が乗せられた弁才船を追う一行。しかし敵もさるもの、あの手この手の妨害の前に、竜之進を目前としてもなかなか救出できない状況が続きます。
果たして無事に竜之進を奪還することができるのか、そして恐るべき幻術を操る広田左近を打ち破ることができるのか。さらにさらに、その先に竜之進を待つ運命とは……
というわけで、これまでの物語とは大きく趣向を変えて、冒頭から終盤まで、ひたすら戦いまた戦いの本作。
肝心の主人公が囚われの身というのは残念ですが、しかしこれまで竜之進の活躍に対して一歩引いた感のあった美咲や四鬼たちが、物語の締めくくりに相応しい活躍を見せてくれるのは、嬉しいところであります。
また、物語の序盤から繰り広げられる船と船のデッドヒート、そして続く船上での激闘は、『鬼船の城塞』で海洋冒険時代活劇を描いてみせた作者ならではの迫力。そしてその舞台となるのが、作者にとってはホームグラウンドの、そして作者の作品にしばしば登場するあの地なのも嬉しいところであります。
しかしこの戦いもまだまだ決戦の前奏曲、クライマックスに待ち受けているのは、物語の締めくくりに相応しい攻防戦で、最後まで大いに堪能させていただきました。
そして竜之進の戦いの先に待っているものとは――それは、ある意味本作のような趣向の作品には定番の展開と言えるかもしれません。しかし嬉しいのは、そこで竜之助が選ぶ道が、彼のこれまでを否定するものではない――ということなのであります。
いかに決して客とは同衾しない花魁であったとはいえ、血気盛んな青年、それも尾張徳川家のご落胤が、女として着飾り、男たちの好奇の視線を向けられることがどれだけの苦痛であったことか……
それはこれまでの物語で幾度も描かれてきた――というより、その境遇への反発が、本シリーズの竜之進の冒険の原動力ですらあったと言っても構わないでしょう。
そんな竜之進にとって、戦いが終わった後にこれまでの人生を屈辱として一切捨て去り、一顧だにせず新たな道を行くことは、ある意味当然の選択であるかもしれません。
しかし――しかし結末に至り彼が選んだのは、決してそれまでの自分を否定するものではありません。これまでを受け止めた上で、その上で自分自身として生きる道――その選択ができたという事実こそが、竜之進の大きな成長を物語るものでしょう。それが何よりも嬉しいのであります。
(そしてまた、これまで散々割りを喰わされてきたあるキャラクターが、その竜之進の前で見事に男を見せる展開もまた嬉しい)
こうして「おいらん若君」の冒険は大団円を迎えました。しかし、これで徳川竜之進の物語が終わったわけではないでしょう。
予定調和に見せかけて、なるほどこう来たか、という一ひねりも加えた結末も嬉しい本作。その先の彼の姿を見てみたい――そんな気持ちになる、爽快な結末であります。
『昇龍 おいらん若君徳川竜之進』(鳴神響一 双葉文庫) Amazon
関連記事
鳴神響一『天命 おいらん若君徳川竜之進』 意表を突いた題材に負けない物語とキャラクター
鳴神響一『仇花 おいらん若君 徳川竜之進』 二重の籠の鳥、滝夜叉姫に挑む
鳴神響一『伏魔 おいらん若君徳川竜之進』 死神医者の跳梁と若君の危機!?
鳴神響一『凶嵐 おいらん若君徳川竜之進』 クライマックス目前!? 立ち塞がる思わぬ「敵」
| 固定リンク