芦辺拓ほか『ヤオと七つの時空の謎』(その一) 少女が巡る歴史と謎の旅
この数年、本格ミステリプロパーによる時代ミステリ・歴史ミステリが、少なからず見られるようになってきました。本書はその極めつけ――芦辺拓・獅子宮敏彦・山田彩人・秋梨惟喬・高井忍・安萬純一・柄刀一という豪華メンバーが、七つの時代を巡る少女ヤオの活躍を描く連作であります。
おそらくは現代に近い時代――ある一点を除けば平凡な女子高生・ヤオは、街を襲う奇怪な事態に遭遇することになります。ある者は電子機器から溢れた無数の文字に襲われ、またある者は陳腐なファンタジーの一員になり――そんな中で唯一難を逃れた彼女は、偽りの歴史の蔓延により歴史を映す鏡が崩壊したことが、この事態の原因であることを知るのでした
かくてヤオが向かった先は……
という芦辺拓「プロローグまたはヤオは旅立つ」 から始まる本書。以降、割れた鏡の欠片を追って様々な時代に現れ、そしてそこで様々な謎と対峙する(時々通り過ぎるだけだったりもしますが……)ヤオの姿が描かれていきます。
「聖徳太子の探偵」(獅子宮敏彦)
飛鳥時代で、刺客に襲われている少年を助けたヤオ。少年は聖徳太子に仕える<探リ部>ノ穂牟豆――太子の命で様々な謎を調査する彼と行動を共にすることになったヤオは、宝鏡を用いて儀式を行っていた蘇我ノ善徳(蘇我ノ馬子の長男)が、密室で奇怪な死を遂げた事件を調査することになります。
何故か箸が落ちていた密室の両隣の部屋にいたのは、それぞれ蘇我ノ蝦夷と小野ノ妹子。怪死の原因を突き止めた穂牟豆ですが、真犯人とは……
一番手を務めるのは、歴史ミステリ『砂楼に登りし者たち』でデビューした作者。言ってみれば歴史ミステリは原点でありますが――本作はゲストキャラとして穂牟豆(ほむず)なる少年探偵が登場するのが実に楽しいところであります。
謎の方も、密室トリックでありつつも、ハウとフーだけでなくホワイの部分でも一ひねりがあるのが面白い。エッとなるような結末の後に、もう一段、歴史ものとしての仕掛けがあるのも嬉しい物語です。
「妖笛」(山田彩人)
笛に耽溺した末に京に笛の修行に向かう途中の武士の子・妹尾九郎。ある晩、宿を借りた堂で貴族から注文を受けた笛を届ける途中だという笛師と出会った九郎は、惚れ込んだ笛を思わず吹いてしまうのでした。
しかし朝になってみれば笛師の姿はなく、手元にはあの笛が残るのみ。笛師に注文した貴族の館を訪れるも、誰も心当たりがなく途方にくれた九郎は、偶然、そこで幽閉された娘を見つけ、助け出すのですが……
奇妙な笛に魅せられ、それを吹き鳴らした男が体験する奇怪な事態を描く本作は、ある意味本書の中で最も異色作かもしれません。それはヤオが通りすがり状態でしか登場しないこともそうですが、何よりも、真実がほとんどホラーとも言うべき点によります。
しかしその怪異を描くのは、○○トリックとも言うべき手法――なるほど、こういう料理の仕方もあるのか、と感心いたしました。
「鞍馬異聞 もろこし外伝」(秋梨惟喬)
実は個人的に本書で最も楽しみにしていたのが本作であります。何しろ、作者の代表作である武侠ミステリ「もろこし」シリーズ、その外伝だというのですから。しかし中華世界のバランスを守る銀牌侠の活躍を、日本を舞台に如何に描くかと思えば……
鞍馬寺に預けられていた牛若丸のもとに飛び込んできた事件の報――鞍馬周辺に暮らす子供が、またも殺害されたというのです。
またもというのは他でもない、同様の事件はこれで十一人目――いずれも首を斬られて持ち去られるという無惨な事件の連続に、牛若丸と行者の少年・童鬼、そして唐土の商人に連れられてきた異国の少年・鉄丸は、謎解きに乗り出すのでした。
彼らを見守るのは、鉄丸と行動を共にする仙人のような老人・雲游。はたして彼らが知った事件の真相とは……
なるほどこういう手できたか、と思わずニンマリの趣向の本作は、謎自体はさほど意外ではないものの、しかしこの時代背景と登場人物と結びつけば納得の内容と言えるでしょう。
そして何よりも、結末で明かされるある「真実」の楽しさたるや――本作もヤオは通りすがり状態ですが、それもほとんど気にならない快作です(そしてもう一人、水滸伝ファンであればニッコリの、あるキャラの存在も嬉しいのです)。
後半の作品は次回ご紹介いたします。
『ヤオと七つの時空の謎』(芦辺拓・獅子宮敏彦・山田彩人・秋梨惟喬・高井忍・安萬純一・柄刀一 南雲堂) Amazon
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