鮫島円人『蓬莱トリビュート 中国怪奇幻想選』 人間と人間以外が織りなす「人間」ドラマ
同じ東洋の怪異譚というのが心を惹きつけるのか、短編という形式が良いのか、中国の志怪小説を中心とした怪異談の漫画化は、我が国で比較的よく見かけるところであります。そして本書はその中に新たに加わった名品――新人とは思えぬ筆力で、古典を巧みに現代に甦らせた作品集であります。
河北省のとある農村のとある農家に、仲睦まじい若い夫婦がいた。しかしある日嫁は盗賊に襲われ、傷だらけになりながらも操を守り通して亡くなった。そしてある晩、夫の前に……
という「冥府に行った嫁」に始まり、リイド社のwebコミックサイト「トーチweb」に掲載された8編に、描き下ろしの掌編2編を加えた全10編で構成された本書。
その内容は多岐に渡りますが、その多くに共通するのは、人間と人間以外(人間の霊魂も含めて)の交流をテーマとしている点であります。
犬に襲われた狐を助けた男のもとに美女が現れる「狐の掟」、一夜の宿を借りた男が家の娘を嫁に迎えるも、娘は山を恋しがり――という「異類の娘【虎】」、猟師の男が山中で出会った娘と結ばれるも、彼女を想う気持ちが悲劇を引き起こす「異類の娘【狼】」……
日本でもお馴染みのあのテーマを題材にしたこれらの物語のように、人間と人間以外の存在――本来であれば生きる世界を異にする存在同士が出会い、想いを通わせるという趣向の物語を中心に、本書は怪異のみでは終わらない、豊かな「人間」ドラマを描き出すのであります。
もちろんそれは必ずしも明るい結末とはならないのですが――特に「狐の掟」の皮肉かつ無情極まりない結末には絶句――しかしそれもまた、怪異の中の人間性と言うべきものを描いているゆえと言えるのではないでしょうか。
その一方で本書が巧みなのは、こうした物語を、恐ろしく、あるいはシリアルに描くばかりではなく、かなりの部分でコミカルに、可愛らしく、そして何よりもイマっぽく描く点であります。
特に登場する女性陣の可愛らしさ、愛らしさは特筆もので――上に挙げた3編のヒロインなど、単行本発売時に店舗特典のイラストカードになったほど――純粋にそういう方面に期待しても、それを裏切られないでしょう。
その一方で、数はそれほど多くはないものの、アクションシーンや怪異描写も実に巧みで――作者はこれが初単行本のようですが、その筆力には驚くほかありません。
そしてもう一つ驚かされたのは、その原典の豊富さと選定眼であります。
本書は(他の中国志怪ものがそうであるように)中国の志怪小説等を題材としているのですが、その題材が通り一遍のものではないのであります。
「述異記」「酉陽雑俎」「太平広記」「稽神録」「閲微草堂筆記」「子不語」「夜譚随録」「諧鐸」――「酉陽雑俎」はそれなりに見かけるものの、それ以外のものはあまり他所では見かけないものばかり。
特に半数以上の作品が清代の原典を題材としているのですが、清代の志怪小説(的短編小説)といえば何と言っても「聊斎志異」が真っ先に浮かぶのに対して、それを外してくるのが、何とも心憎いところであります。
(本書で最も多く題材となっているのが「閲微草堂筆記」ですが、実のところ岡本綺堂の『中国怪奇小説集』でしか読んだことがありませんでした)
テーマの料理の仕方の巧みさと、その描写の旨さ、そして題材選びの面白さで、現代の日本に生きる我々にとっても魅力的な怪異譚を描いてくれる本書。
幸い、続編『蓬莱エクステンド』も現在連載中とのこと、まだまだこの先も十分に魅せていただけそうであります。
なお、この作品を知ったきっかけは、武川佑先生によるレビュー記事によってでした。この場を借りて御礼申し上げます。
『蓬莱トリビュート 中国怪奇幻想選』(鮫島円人 リイド社torch comics) Amazon
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