山田正紀『大江戸ミッション・インポッシブル 顔役を消せ』 一気呵成、一寸先は闇のピカレスク開幕
山田正紀といえば、個人的にはSFの代名詞とでもいうべき存在なのですが、しかし同時に、SF以外のジャンルでも驚くほどの活躍をしている作家でもあります。本作はそんな中でも久々の文庫書き下ろし時代小説――江戸を二分する泥棒寄合の面々の活躍を描く、ユニークなアクションであります。
町奉行所の同心の中でも最も下の牢屋見廻り同心を務めるかわせみこと川瀬若菜。周囲からはどうしようもないぼんくらと見なされている彼のもとに、ある日吉原一の花魁・姫雪太夫からの奇妙な依頼が舞い込むことになります。
英国人の恋人からの贈り物である指輪――紐をつけて胸から下げていたそれが何者かに奪われたという姫雪に奇妙に惹かれるものを感じた若菜は指輪探しに乗り出すのでした。
実は若菜の裏の顔は、盗賊――それも江戸を二分する泥棒寄合の一つ・川衆の棟梁。まずは姫雪を座敷に呼んだ武士が怪しいと睨み、仲間たちの力を借りて探索を始める若菜ですが、頼りにしていた仲間が何者かに殺され、さらに自分に疑いの目を向けていた切れ者同心までが襲撃を受け――と、窮地に追い込まれていくことになります。
苦闘の末、一連の事件の背後に、川衆の宿敵であるもう一つの泥棒寄合・陸衆の存在があることを知った若菜。川衆でも鼻つまみの殺し屋・かまを仲間に加え、若菜は巨大な陰謀を目論む陸衆に対し乾坤一擲の大勝負を挑むことに……
冒頭に述べたように、SFのみならず、ミステリ、冒険、そして時代ものと様々な分野で活躍してきた作者。しかしその中でも、文庫書き下ろし時代小説はかなり珍しい部類に入ります(丁度10年前に発表された『帰り舟』以来ではないでしょうか)。
さてその本作はといえば、ジャンルでいえばピカレスク、あるいはノワールとでもいうべき、江戸の泥棒社会・裏社会を舞台とした物語。しかし本作で描かれるのは、こうした物語に付きものの暗さというより、むしろテンポのよさ――一癖も二癖もある連中が丁々発止とやり合う小気味よさであります。
その中で何よりもユニークなのは、やはり川衆と陸衆の設定でしょう。江戸中の泥棒を束ねる一種の盗賊ギルドとも言うべきこの両者、一匹狼の集まりとでもいうべき川衆と、集団の力で迫る陸衆と――同じ泥棒寄合でも対照的な存在ながら、実は成立の陰には伝奇的な経緯が、というのも実に面白いのであります。
そして主人公たる若菜の味方となる面々も、変装の達人の七化けのおこう、怪力自慢のいざよい丑、天才少年からくり師のもんもん(くりからならぬからくり――というネーミングも愉快)、そしてほとんど殺人鬼のわりに妙に人懐っこいかまと、個性的な連中ばかり。
若菜自身も、表の顔はぼんくら、裏では――という定番のキャラクターですが、いざ剣を抜けばべらぼうに強い裏社会のプロフェッショナルながら、どこか青臭さを残した男というのが、また作者らしさを感じさせてくれるのが嬉しいのであります。
しかし本作の最大の魅力は、その先の読めなさではないかと感じます。何しろ本作、冒頭で提示された太夫の指輪探しという目的が、あれよあれよという間に複雑化し、スケールアップし、気が付いてみれば江戸の、幕府の命運を左右しかねない暗闘にまで展開していくのですから。
もちろん最終的にはタイトル通りの展開になるのですが、そこに至るまでに曲者だらけの登場人物たちに揉まれ、刻一刻と変化していく状況に振り回され、一体どこに辿り着くのかわからない――という物語は、さじ加減を誤れば白けるものであります。
しかし本作はその物語展開の巧みさで、最初から最後まで一気に物語に引き込まれて気を逸らされることなく、緩やかな流れもあれば激流もある、実にエキサイティングな川下りを楽しませていただいた気分であります。
実は本作は二ヶ月連続刊行、本作のラストのヒキから、そのまま続編に雪崩れ込んでいくようですが――さて、ますます先の読めない物語はどこに向かっていくのか。もちろん続編にも期待しかないのであります。
『大江戸ミッション・インポッシブル 顔役を消せ』(山田正紀 講談社文庫) Amazon
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