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2019.11.12

武内涼『不死鬼 源平妖乱』(その二) 「人」の「血」を啜る者に抗する――義経と静が歩む第三の道


 武内涼渾身の時代伝奇活劇の紹介の後編であります。義経と静と熊坂長範、本作の中心となるこの三人は、波瀾万丈の超伝奇物語のキャラクターに相応しい個性の持ち主であると同時に、実に作者らしい「人」の姿を浮き彫りにする存在でもあるのです。

 本作の主人公の一人である源義経。その姿は、様々な物語や伝説に残されたものから、大きく外れるものではありません。
 しかし本作の義経は、伝説に表れるある種の貴種流離譚的なキャラクターとは、ある意味遠いところに立つ者でもあります。何故なら、本作の義経は、平氏への復讐に燃える源氏の貴公子であると同時に、「人」が「人」として生きることができる世を作ることを理想とする者なのですから。

 それは一歩間違えれば、非常に陳腐なヒーロー像になりかねません。しかし本作は義経のその理想が、師である鬼一法眼、そして恋人である浄瑠璃――貴族でもなく、武士でもない、しかし確かにこの世に生きる「人」たちを通じて培われる様を丹念に描きます。それによって、本作の義経は、真にこの世に在って欲しい英雄(を目指す者)として、見事に成立しているのであります。

 そしてまた、もう一人の主人公である静もまた、義経同様にある種の理想を追う者として描かれることになります。
 その名は知られつつも、ほとんど伝説上の存在である彼女らしく、本作の静は、磯禅師の下で歌舞の修行をしたという点を除けば、非常に自由に描かれた存在であります(そもそも、本作ではその磯禅師からして、影御先のリーダーなのですから)。

 殺生鬼と化した父により、(その父を血吸鬼に変えた)不殺生鬼の母を惨殺されたという、悲惨な過去を持つ静。そして父から逃れる中で人買いに捕まり、貴族の雑仕女として生きることとなった彼女は、義経とは全く異なる形で世の辛酸を舐めた少女であります。
 そんな、平民を人と思わぬ都の貴族のやり方を目の当たりにした――いや、父が殺生鬼となったのも、父が貴族や武士によって理不尽な暴力を受けたことがきっかけである――静にとって、この世の理不尽に敵意を燃やすのはむしろ当然と言えるかもしれません。

 その意味において、静とその父である長範は、近しい存在にも見えます。しかし静と長範の歩む道は、そしてこの世の権力者に敵対するという点で共通する義経と長範の歩む道は、決して交わらない――大きく異なるものなのであります。


 幸若舞や謡曲、歌舞伎に登場する大盗賊であり、美濃の青墓で義経に討たれたという伝説を持つ熊坂長範。本作においてはも義経と静の共通の憎むべき敵であるこの長範ですが――しかし単純な悪役としてのみ描かれているわけではありません。

 上でも述べたとおり、貴族や武士の暴虐により、理不尽に死にかけ、血吸い鬼としての新たな生を得た長範。しかしその暴力の向かう先は貴族や武士のみであり――そして彼らと敵対する者であれば、長範は人も血吸い鬼もなく、等しく仲間に迎えるのであります。
 つまり長範もまた、社会の理不尽の犠牲者でもあり、そしてそれを打破せんとする一種の革命家であります。しかし本作は、そして義経と静は、そんな長範の行動を決して良しとはしません。

 敵であれば赤子も容赦せず、そして不死鬼になるためには平民である浄瑠璃を襲う長範。それは彼が結局は独善的な存在に過ぎないことを示すものであり――そしてそんな彼の存在は、暴を以て暴に易うことの不毛さをこれ以上なく体現していると言えるでしょう。
 確かに、力に理不尽は否定しなければなりません。理不尽に立ち向かう力を持っていなければなりません。しかし――力は容易に新たな理不尽を生み出します。長範が義経と静から、理不尽に愛する者たちを奪ったように。

 そして既存の権力の理不尽に怒りを燃やし、同時に長範の暴力をも否定する義経と静は、そのどちらにも属さない第三の道を探す者だと言えるでしょう。
 決して容易ではない、本当にあるかわからないその道――しかしそれは、「人」としてあるべき道、望ましい道であります。そしてそれは、比喩的なものであれ直接的なものであれ、人の「血」を啜って生きる者と対峙する道なのです。


 これまでほとんど全ての作品で、権力や社会の理不尽に対する怒りと、それを克服する人として望ましい道を求める者たちの姿を描いてきた作者。本作はそれを、平安末期の世に繰り広げられる人と殺生鬼の戦いを描く中で、象徴的に浮き彫りにしてみせたということができるでしょう。
 長範を倒しただけでは終わらないこの戦いの行方は、そしてその先に義経と静が何を見出すのか――続編を切望する次第であります。


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