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2019.11.29

木下昌輝『戦国十二刻 始まりのとき』 戦国時代の始まりと終わり、そして新たな時代の始まり


 戦国史に残る人々が最期を迎えるまでの24時間(十二刻)を描くというユニークなコンセプトの『戦国十二刻 終わりのとき』に続く本書は、それとは対になると言える「始まり」を描く物語。戦国時代が始まり、そして新たな時代が始まるまでの24時間を描く物語6編+αで構成された作品集であります。

 応仁の乱の序盤――相国寺に籠もる東軍と、これを包囲する西軍がにらみ合い、一触即発となった頃。自らが手掛けた美しい相国寺の庭を守り、そして足利義政にかつての理想を思い出させ、この大戦を止めさせるため、庭師の善阿弥は、義政に対して一世一代の賭けに出ることになります。
 自分が相国寺が焼けるのを防いでみせた時には、もう一度義政が政に向き合うこと――そしてその助けとして一休宗純の手を借りた善阿弥は、西軍と東軍、それぞれの陣を訪れ、両軍に相国寺から引くことを約束させるのですが……


 これが本書の冒頭に収められた「乱世の庭」の物語。なるほど、戦国時代の「始まり」として応仁の乱を持ってくるのは納得できるところですが――注目すべきは、そのオールスターキャストぶりでしょう。
 善阿弥や一休、義政といった面々のみならず、ここに登場するのは毛利豊元、陶五郎、朝倉孫右衛門、伊勢新九郎、あるいは織田良信といった、どこかで聞いたような姓の人々。さらに山崎の油売り、中村郷の六本指の男――と、この応仁の乱に、戦国時代に名を馳せる戦国武将たちの先祖が一堂に会していた、という趣向が実に楽しいのであります。

 そしてこのエピソードとそのエピローグというべき「はじまりの刻」を受けて始まるのは、以下の物語――

 斎藤道三が土岐家を滅ぼす最後の戦いの中で、ある才気溢れる土岐傍流の青年と出会う「因果の籤」
 毛利元就が厳島にて陶晴賢との決戦に臨む中、彼が抱いたかつての天下取りの大望の結末を描く「厳島残夢」
 朋輩から小便をかけられた恥辱を雪ぐため、稲葉山城に乗り込んだ竹中半兵衛を待つ皮肉な結末「小便の城」
 関ケ原で島津義弘と共に戦うために国元を抜けた血気盛んな若侍が、奇怪な体験を通じて二つの時代を繋ぐ「惟新の退き口」
 そして死に場所を求めて豊臣秀頼と大坂城に籠もった長曾我部盛親が、その決意を翻して燃える大坂城から脱出した理由を描く「国士無双」とエピローグ「はじまりの刻」

 これらの物語は、初めから結末は予告されている中で何が描かれるか――という点で前作と同様のスタイルではあるものの、それが「終わり」に向けてのものであった前作に対し、「始まり」に向けてというのが、実にユニークと言えるでしょう。
 つまり、その物語(短編)はその刻をもって「終わり」を迎えたとしても、それが更なる歴史の「始まり」となる――その一種のねじれを描くという難しさをクリアしつつも、いずれも作者らしい創意に富んだ物語を生み出しているのには感心させられるばかりです。

 そしてまた、本作のうち幾つかの物語は、冒頭で描かれた因縁を引き継いだものであるのも見逃せません。冒頭に冒頭で描かれた戦国時代の「始まり」が、奇妙な形で構成に受け継がれ、そして新たな「終わり」と「始まり」を生み出す――本作には、そんな連作的な構造も用意されているのであります。
 それだけではありません。そしてこうした戦国時代の歴史が尽きる果て、大坂の陣を描く巻末の「国士無双」においては、何と前作に描かれた物語に見事に照合するもう一つの結末と真実が――と、見事に円環構造を描いてみせる(それでいて新たな「始まり」をもきっちりと描く)のには、ただ脱帽するのみであります。


 もっとも、結末が見えている物語だからこその難しさも諸所に感じられはします。しかしそれでもなお、決して変えられない史実を踏まえつつも、その中で新たな物語を生み出すという前作のスタイルを踏まえつつ、上で述べたようなさらにアクロバティックな構図を描いてみせる――というのは、本作ならではの妙味と言うほかないでしょう。
 実に作者らしい、作者でなければ描けなかった作品集、戦国史であることは間違いありません。


『戦国十二刻 始まりのとき』(木下昌輝 光文社) Amazon
戦国十二刻 始まりのとき


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