横山光輝『伊賀の影丸 闇一族の巻』 兄弟忍者の死闘が生む強烈な無常感
前回の紹介から大変に間が空いてしまいましたが、『伊賀の影丸』全エピソード紹介の第三回は、「闇一族」の巻。山城国で起こった一揆の背後に暗躍する怪忍者集団・闇一族に対して、影丸と村雨五兄弟が挑む、ある意味異色作であります。
山城国で代官屋敷を襲撃した一揆。その対策に派遣された公儀隠密たちは、その背後に謎の忍者の存在を知ることになります。
仲間たちが次々と討たれる中、ただ一人瀕死の状態で江戸に帰還した隠密によってそれを知った五代目服部半蔵。彼は自分にまで襲いかかってきた忍者たちを撃退(ここでの半蔵がいかにも古強者感があって格好良い!)し、影丸を呼び出すのでした。
影丸に対し、謎の忍者たちの正体が、かつて北条氏に仕えた忍者・闇一族であることを語った半蔵の命により、影丸は村雨兄弟とともに山城国に向かうことになります。
かくて、右門・十郎太・数馬・霧丸・源太郎の五人の村雨兄弟とともに山城国に潜入した影丸。しかしその前に、彼らの動きを察知した影一族の強者六人が立ち塞がることになります。激しい忍法合戦の末に次々と敵味方が散っていく中、影丸が知った敵の黒幕の正体とは……
本作の基本パターンの一つである、忍者が暗躍している藩に潜入し、敵忍者と対決しながら秘密を探るというスタイルの、この「闇一族」の巻。
首領の蓮台寺のほか、岩風・かげろう・人影・海老・火炎・左門ら六人を中心とした闇一族は、毒物の扱いに長けるという設定ですが――それに対する存在が今回のゲスト公儀隠密である村雨兄弟であります。
その名のとおり実の兄弟である彼らは、子供の頃から少しずつ毒物を採取することで毒に対する耐性を身に着けた忍者たち。そしてそれに加え、一人一人がそれぞれ得意の忍法を持っているのは言うまでもなく、影丸+村雨兄弟vs闇一族のトーナメントバトルが展開することになるのはもちろんであります。
特に最年少の源太郎の縄術と、同じく縄術を得意とする左門の対決は、異形の武器によるスピーディーなバトルもさることながら、源太郎は毒付きのかぎ縄を用い、左門は相手の周囲によって蜘蛛の巣のような陣を仕掛け――と、微妙に異なる技使いである点も相まって、今回のベストバトルの一つでしょう。
そんなわけで忍者アクションとしての面白さは言うまでもないことながら、この「闇一族」の巻は、物語としては(後述の点を除けば)比較的シンプルな内容であるといえます。
そんな中でこのエピソードが他と大きく異なる点は、村雨兄弟の存在であることは言うまでもありません。
他のエピソードでも、強敵と戦う影丸の仲間として登場する公儀隠密のゲスト忍者たち。しかし彼らは独特の忍法とビジュアルを持ちながらも、そのほとんど全てが、背景となる人物像はわかぬまま、敵と戦い、死んでいくという点では、一種没個性な存在と言えます。
それに対して村雨兄弟は、ごくわずかとはいえ彼らの普段の生活(これがユルそうなのがまたいい)が描かれ、そして何よりも、兄弟という人間的な繋がりがある。そしてそれが、彼らの人物像として――言い換えれば人間性として――作中で大きく機能しているのであります。
正直なところ、相変わらず敵には全く容赦しない(ある意味実に横山主人公らしい)影丸よりも、肉親を失って悲しみ憤る彼らの姿は人間的と感じられるのであり――それは忍者同士のひたすらドライな潰し合いが続く本作においては、特異ですら感じられるのです。
そしてそれがこのエピソードの結末――闇一族が幕府に対する尾張の(影丸の言葉を借りれば)「たんなるいやがらせ」のために動いていたという真実に繋がる時、ただそれだけのために敵味方の忍者たちが――特に村雨兄弟という「人間的な」存在が――次々と命を落としていったという構図が、強烈な無常感を生み出すことになります。
実のところ、本作は一種のヒーロー漫画でありつつも、結末の達成感や爽快感というものには縁遠いエピソードが多い物語であります。その中でもこの「闇一族」の巻は、村雨兄弟という本作においては特異な存在を配置することによって、屈指の空しさを感じさせるエピソードであると、そう確認させられた次第であります。
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