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2019.11.24

ほんまりう『宵待草事件簿』 文化人たちとお葉と――暗い時代を映し出した表裏一体の像


 ほんまりうと古山寛が、夏目漱石を狂言回しに実在の人物たちを散りばめて描いた『漱石事件簿』の続編というべき物語――大逆事件後、大正期に生きた文化人たちの姿を、謎めいた「うそつき小町」を追い求める「明智小五郎」の姿を通じて描き出した力作であります。

 明治期の文化人たちの屈託を描いた『漱石事件簿』。その最終話で描かれたのは、「大逆事件」(に象徴される国家主義)という魔物に破れ、自滅していく文化人たちの姿でありました。
 しかしそれでも、それ以降の大正デモクラシーと呼ばれる時代に、己の主張を掲げて生きた者たちがいます。大杉栄や荒畑寒村といった「主義者」たち、与謝野晶子や伊藤野枝といった「新しい女」たち――そして時代の寵児として盛名を誇った竹久夢二ら芸術家たちが。

 本作の横糸となるのは、こうした大正期の――エリートたち主体であった明治期とはまた異なる――文化人たちなのです。
 そして縦糸となるのは、その夢二のモデル兼愛人であり、そして同時に様々な文化人たちと関係を持ったといわれる「うそつき小町」ことお葉であり、そして姿を消した彼女と、その周囲で起こる連続殺人の謎を追う「明智小五郎」こと二山久の姿であります。

 『漱石事件簿』でも探偵役として登場した二山久は、不明な点が多いものの実在の人物であり、一時期江戸川乱歩と行動を共にした男。そしてかの名探偵明智小五郎のモデルとも言われた(と言われる)人物であります。
 本作の二山は、その明智の名をいわば探偵名として名乗るのですが――いずれにせよ、本作の探偵役として、ある意味これ以上相応しい人物はいないでしょう。


 そして明智にとってもファム・ファタールというべきお葉の彷徨を通じて本作で描かれるのは、明治44年の大逆事件の直後から(正確には明治41年の平塚明子と森田米松の心中騒動をプロローグに)、昭和6年に至るまでの、大正期を挟んだ長い時間。
 そして登場するのは、ほとんど全てが実在の人物――竹久夢二、大杉栄、江戸川乱歩、伊藤野枝といったメインどころだけでなく、わき役として顔を出すだけでも平塚らいてう、谷崎潤一郎、川端康成、東郷青児、伊藤晴雨――と、これでもごく一部。とにかく多士済々な面々であります。

 これだけの面々を随所に散りばめ、一つの物語を――連作だった前作に対し、本作は長編スタイルであります――きっちりと成立させてみせるのは、これは原作と作画、双方の力が十全に発揮されたためと言うべきでしょうか。
 本作を評するのに他の作品を以てするのは不適切かもしれませんが、山風の明治もの、谷口ジローの『坊ちゃんの時代』に匹敵する作品であることは間違いありません。


 しかし本作をして、一読すれば忘れられないような物語としているのは、そのオールスターキャストにも関わらず――いやだからこその、暗鬱な時代の姿を克明に描き出してみせる点であります。

 冒頭で述べたように、国家権力によって特定の思想が弾圧され、文字通り圧殺された大逆事件から始まる本作。
 それでも生き延び、声を上げることをやめなかった主義者たちの姿は、それとはまた異なる形で現実への異議申し立てに挑んだ新しき女たちの姿と並び、本作の柱の一つであると言えるでしょう。

 明智もまた、そんな人々の姿を間近で見つめることとなるのですが――しかし大正という時代の行く末が、彼らに何を用意していたのか、我々は知っています。その最大の象徴であり、本作のクライマックスである関東大震災直後の惨劇でもって。
 本作で描かれるのは、文明開化に沸いた(そしてその虚の部分を悟るに至る)明治と、国家によって文化活動が完全に統制された昭和の間の、短い祭りの時代とその結末であり――そしてその姿は、現代を生きる我々にとっては、決して縁遠いものと感じられないものであります。

 そんな中でただ一人、お葉のみはそんな世相とそこに喘ぐ人々の間を、ひらひらと自由に渡っていくように見えるのですが――さてそれが真実の姿であったか、そしてそれが彼女にとって幸であったか不幸であったか。
 明智にも解けぬその謎がまた、本作に何ともいえぬ余韻を残すのです。


 大正の世を生きた文化人たちと、彼らに弄ばれ弄んだお葉と――その姿は、暗い時代を映し出す表裏一体の像として感じられます。
 そして我々にできるのは、明智のように、ただそれを見届けるのみ。それがまた苦い味わいを残す――本作はそんな物語であります。


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