佐々木匙『帝都つくもがたり 続』 怪異の中に輝く「愚者の金」を求めて
第4回角川文庫キャラクター小説大賞読者賞を受賞したあの物語が、早くも帰ってきました。昭和初期、酒浸りの文士と不人情な記者、二人の不器用でめんどうくさい男たちが、様々な怪異に出くわす連作怪異譚の続編であります。
酒瓶に囲まれて鬱々と暮らしていた大久保の前に現れた、新聞記者の関。学生時代からの腐れ縁である関は、担当している怪談企画「帝都つくもがたり」の手伝いに、彼を引っ張り出すのでした。
しかし大久保は昔から大の恐がり、当然抵抗するものの、その恐がりっぷりがいいと、昔の借金をタテに関に押し切られ、おかげで様々な怪異に悲鳴を上げる羽目に――というのが、本シリーズの基本設定であります。
前作では文字通り死ぬような目に遭った末に関の心の一端に触れた大久保が、この先も関とともに怪談収集に向かうことを決意して終わったのですが――本作はその後に二人が出会った怪異の数々を描くことになります。
黄昏時に迷い込むと、死者の腕に後ろから引っ張られるという四谷の坂。
目も口もない子供の幽霊が出没するという谷中の甘味屋。
自分が死んだことも気づかぬような楽団員の幽霊が出るダンスホール。
今度は少年に奇妙な力を持つ目玉を売りつけてきた奇怪な古書店主。
持ち主が次々と奇怪な言動の果てに亡くなったという曰く付きの着物。
正体不明の魔所にまつわる怪異談あれば、ジェントル・ゴースト・ストーリーあり、妖魔としかいいようのない怪人の跳梁あり――全8話の前作に比べると、全6話+αと話数自体は減っているものの、そのバラエティに富んだ怪異の姿は変わらず、むしろ個々のエピソードの厚みが増しているのが嬉しいところであります。
(特に着物のエピソードなど、小説でなければ絶対描けない、あまりにも恐ろしい怪異描写が盛り込まれているのが実にイイ!)
そして厚みが増しているのはキャラクターの方も同じ。関をして怖いと言わしめる編集者の菱田、大久保の数少ない味方(?)である姪の翠など――サブレギュラーたちの存在感もいよいよ増し、思い切り恐ろしいけれども、どこか懐かしく、居心地のよい世界作りに一役買っていると言えるでしょう。
しかし本作を動かす原動力であり、そして最大の魅力が、大久保と関の関係性であることは言うまでもありません。
学生時代から、何かとネガティブな大久保と、彼を引っ張り回してきた関――その二人の関係性の根底にあるものの一端は、前作のラストに描かれました。そして本作においては、それがより深く、そして別の角度から描かれることになります。
怪異譚を追いかけるうちにささいなことから仲違いしてしまった二人。その結果、関と距離を置いた大久保ですが、しかし関が思わぬ状況にあると知ることになります。
果たして関の身に何が起きたのか、そしてどうすればよいのか。悩みながらも、ある決意を固めた大久保は行動を開始して……
と、バディものではある意味定番の仲間割れ展開ではありますが、しかしその中で描かれるのは、これまで仄めかされる程度であった関の過去であります。
怪異に積極的に飛び込んでいくようで距離を取るそのスタンスや、時に人非人クラスの不人情ぶりを発揮しながら、それでいて正反対の性格の大久保を構う関。そんな彼のキャラクターを、何が築き上げたのか――そしてそんな彼に、大久保は何ができるのか。
本作のクライマックスに描かれるのは、前作とは表裏一体の、そしてさらに熱く胸打つ想いのぶつかり合いなのであります。
本作で幾度も言及される「愚者の金」。それは小石の中に混じっている、一見金のように見える黄銅鉱のことであります。
どれだけ輝いても、実際には価値は全くない――そんな「愚者の金」は、一見素晴らしく、特別なことのように見えても実際は錯覚でしかない、人間関係やこの世の出来事、さらには怪異の喩えであるかもしれません。
しかしたとえ偽物であっても、しかしその輝きが何かしら豊かなものを生み出すことがあるかもしれないと――本作は、恐ろしく、そしてほの暗い怪異探訪を通じて、そう語るのであります。怪異の中に垣間見える、人の心の善き部分を通じて。
そしてその輝きが、どこに最も強く宿っているか――それは言うまでもないでしょう。
不器用でめんどくさい男たちが、怪異と、その中の輝きを――たとえそれが「愚者の金」であっても――求める姿を、この先も読んでいきたい。そう感じさせられる物語です。
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