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2019.12.05

武川佑・澤田瞳子・今村翔吾『戦国の教科書』(その二)

 テーマごとの短編小説と解説・ブックガイドによる「授業」形式というユニークなスタイルのアンソロジー『戦国の教科書』の紹介の後編であります。残る3限も、個性的で内容豊かな作品が続きます。

4限目 戦国大名と家臣:『鈴籾の子ら』(武川佑)
 御館の乱で上杉景勝を支持したものの、領地を減らされた上に兄を謀殺され、怒りに燃える新発田重家。重家は、この地に豊かな実りをもたらすという兄の残した籾を守り育てるため、ついに起つことになります。
 蘆名家や織田家に接近し、新発田城に籠もる重家。しかし信長が滅び、秀吉が天下を取った末に、彼は秀吉と結んだ景勝に追いつめられて……

 基本的に強固な主君と家臣の絆に結ばれていたように思える戦国大名家。しかし本作で描かれるように、各地の国衆は、地域に根付き一種独立した存在として、決して大名も無視できぬ存在だったのであります。
 本作の主人公である新発田重家もその一人。上杉景勝に対して反旗を掲げ、実に7年にわたり戦った彼は、その最後も含めて、国衆の一つの典型といえるでしょう。

 しかし何よりも印象に残るのは、自身のためでなく、この土地に暮らす者のため、一握りの種籾に命を賭けた重家の姿でしょう。
 作者の作品の主人公は、時に愚かな、誤った――いや、世間一般から見れば賢くない、正しくない道を歩む者が多く登場します。しかしその道を貫いた、貫かずにはいられない彼らの姿は、強く我々の胸を打つのであります。本作の重家のように……


5限目 宗教・文化:『蠅』(澤田瞳子)
 秀吉の命の下、急ピッチで進む方広寺大仏殿の工事に東寺から派遣された曉旬。しかし彼が出会った工事の総指揮者・興山上人は、秀吉に阿り、揉み手をすることから「蠅」の渾名で呼ばれる人物でありました。
 戸惑いながら興山上人の下で働く曉旬ですが、大仏完成を目前としながら起きた大地震によって工事の行方は大きく変わることに……

 作者には珍しい(初の?)戦国ものである本作は、しかし宗教・文化というまさに作者の得意ジャンル。大仏建立といえば『与楽の飯』が思い浮かびますが、本作の主人公である興山上人(木食応其)は、奇しくも行基の再来と呼ばれた人物であります。
 しかし本作の木食応其は――木食という名に似合わず――端から見ればかなりの俗物。秀吉の権威を振りかざし、そして不良の孫を甘やかす、周囲の僧からも白眼視されがちな人物として描かれます。

 しかしその一方で、彼は客僧にもかかわらず、ただ一人秀吉から高野山全山の束ねを任され、そして戦乱で荒れ果てた寺院の復興に尽くしてきた人物でもあります。
 人間の弱さと強さ、戦乱の時代の宗教と文化の意味・在り方――「蠅」の生き様の中に、そんなものの存在を浮かび上がらせてみせる物語であります。


6限目 武将の死に様:『生滅の流儀』(今村翔吾)
 三度信長に背き、ついに信貴山城に追いつめられた松永久秀。貧しい身から成り上がった彼の原動力は、この世に己が生きた証を残すことでありました。
 それを共に誓った弟を失い、謂われのない悪名を背負わされ、信長に膝を屈した久秀。しかしそれでもなお、己の名を歴史に残すため走り続けた久秀が最後に見せたものは……

 本書の掉尾を飾るに相応しいテーマで描かれるのは、戦国時代に最も派手な最期を遂げたのではないかと思われる松永久秀。
 主君を殺し、将軍を弑し、大仏を焼き――戦国の三大悪人の一人として知られ、時代歴史小説でも悪役が多い久秀ですが、しかし本作は悪名もまた名と嘯き、最後の最後まで自分の生を支配してのけた、実に熱い久秀像を描くことになります。

 そんな本作のクライマックスの一つは、信長が、久秀を周囲に紹介するに、上の三つの悪事を以てしたという逸話の件でしょう。
 本作においてはそれはいずれも濡れ衣ながら、しかし昂然と顔を上げて自分の生きる理由を信長にぶつけ、信長もそれを受け止める――その姿は、新たな久秀像として、そして信長が久秀の謀反を幾度も許した理由の解釈としても、大いに頷けるのであります。


 以上6限――奇をてらったようでいて、極めて内容の濃い力作ぞろいの本書。それもそのはず、ここで作品を発表した6人は、今の、そしてこれからの歴史時代小説界を背負って立つ面々なのですからむしろ当然と言うべきでしょう。
 ユニークなスタイルに負けない、本物の作品で構成された本書――ぜひ第2弾を期待したいところであります。


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