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2019.12.16

京極夏彦『西巷説百物語』(その一) 妖怪が暴く過去の真実


 『巷説百物語』シリーズ全話紹介も、いよいよ第5弾。連載中の『遠巷説百物語』を除けば最新の作品である『西巷説百物語』であります。これまでと異なり、又市ではなくその悪友・靄船の林蔵を主人公とする本作、内容の方も、これまでの作品とはまた似て非なるものとなっています。

 大坂有数の版元であり、そして裏社会の顔役である一文字屋仁蔵。そこに持ち込まれる厄介事を解決して回るのが、主人公たる林蔵と仲間たち――六道屋の柳次、横川のお龍、祭文語りの文作の面々であります。
 うち、柳次以外は過去のシリーズにも顔を出していましたが、この一芸に率いた面子を操り、言葉巧みに相手の懐に潜り込む林蔵によって、標的を仕掛けていくいく――それがこの『西巷説百物語』の基本スタイルであります。

 しかしこれまでのシリーズでは、又市が妖怪にこの世の厄介事を背負わせて巧みに解決してみせた一方で、本作の林蔵は、むしろ妖怪を引き金として、過去の出来事の真実を暴き出し、その因縁を解決してみせる(その結果、標的に制裁を与える)と、大きくスタイルが異なるのがユニークな点であります。
 そして本作はさらにその視点が――ということで、以下に一話ずつ紹介していくことにしましょう。


『桂男』
 豪商・杵乃字屋剛右衛門の一人娘に持ち上がった縁談話。尾張の城島屋の次男坊が娘に一目惚れをしたという話の真偽を確かめるため、剛右衛門は商い指南役の林蔵に確認を依頼することになります。
 その結果、問題はなかったと語る林蔵ですが、それに対して、城島屋には店の乗っ取りに関する悪い噂があり、それを林蔵が知らぬはずはないと剛右衛門に告げる杵乃字屋の番頭。さらに、実際に城島屋の被害にあったという娘が現れて……

 第一話にして、『西巷説百物語』の基本的スタイルが描かれることになる本作。ここで描かれるのは、流れ者の身から一代で成り上がったという杵乃字屋の視点からの物語であります。
 身も蓋もないことを言ってしまえば、林蔵がその懐に潜り込んでいるということは、杵乃字屋に何かがあるということはすぐに予想がつきます。しかしそれは何なのか、あるいは何が起こるというのか。そもそも杵乃字屋は被害者なのか、それとも……

 一切が謎のままに展開した物語は、思わぬ形でカタストロフを迎えることになるのですが――林蔵が剛右衛門に語る「桂男」の皮肉な正体が印象に残る一編です。
(さすがに無理があるトリックでは、という声もありますが、まあ『姑獲鳥の夏』的な見え方だと思えば……)


『遺言幽霊 水乞幽霊』
 目覚めてみれば、見知らぬ者たちに囲まれていた小津屋の次男・貫蔵。聞けば自分は三月前に突然往来で倒れ、ようやく目を覚ましたというのです。
 しかもつい先日のことと思っていた、父親に勘当されたのが実は一年も前のことであり、その後父の侘びを受けた貫蔵は、小津屋を継いだとのこと。しかしその後に起きたある出来事により父と番頭が首を括り、店は左前になったというのであります。

 全ての発端は、一昨年に兄が押し込みに殺され、ある品物が奪われたことにあると聞かされた貫蔵ですが……

 これまで様々な仕掛けが描かれてきたシリーズの中でも、豪腕ぶりでは随一と思われる本作。物語が始まった途端に、どう考えてもこれは――と思ってしまうその通りの真相だったのには、ある意味驚かされます。
 そんな中でも本作の真の見所は、貫蔵の内面を描く語りの部分でしょうか。周囲から全く理解されない孤独な男の姿が、目の前で徐々に変貌していく様は、ある意味、本書の目指すところがよく表れていると感じます。


 次回に続きます(全三回予定)。


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西巷説百物語 (角川文庫)


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