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2019.12.14

星野之宣『海帝』第4巻 鄭和の旅を左右するもう一つの過去


 明代、驚異的な規模の航海を成し遂げた鄭和の冒険を描く海洋ロマンの第4巻で描かれるのは、鄭和が宦官となった過去の物語と、そして現在に戻ってのスマトラを舞台とした海賊との一大攻防戦であります。そしてその中で起きた出来事から、鄭和のもう一つの過去の物語が語られることに……

 永楽帝の命により、海の向こうの国々を訪ねる巨大船団の長となった鄭和。爪哇(ジャワ)で中国と回教徒、すり寄ってきた双方の
商人をはねのけ、彼らの罠をくぐり抜けた鄭和ですが、その最中で語られたのは、彼が棄教者だという事実でありました。

 回教徒の村に生まれながらも、燕王――若き日の永楽帝に父を殺された上、男であることを奪われた鄭和――馬和。さらに北方の戦場に送り込まれた彼は、血で血を洗う戦場の中で、命を救うことの意味を知ることになります。そして馬和の身命を賭した行いは、ついに非情に見えた燕王の心をも動かし、馬和は燕王の腹心となって……

 本作においては冒頭からその暴君ぶりが描かれながらも、鄭和との間に不思議な絆の存在が窺われた永楽帝。この鄭和の――馬和の過去の物語は、同時に馬和と燕王の物語でもあります。
 馬和にとっては父を、己の未来を奪った不倶戴天の敵とも言うべき燕王。しかし、本作で一貫して描かれてきた馬和の、命を救うためであれば己の命を賭けるという姿は、ついに燕王の心すらも動かすことになるのです。

 思えば、王子でありながらも(本人からすれば理不尽な理由で)父から疎まれ、辺境に追いやられていわば使い捨ての駒とされた燕王。それが、同じく使い捨てとしか見ていなかった馬和の姿に心を、魂を救われる――その不思議な共感の姿には、いかにも猜疑心の強い暴君然とした姿の燕王だけに、強い感動があります。


 そして物語は「現在」に戻り、蘇門答剌にさしかかる鄭和の船団。しかし豊富な水に囲まれ、舟とともに生きる蘇門答剌の人々の中には、それを略奪の手段とする者たち――海賊も多く含まれていたのであります。

 そしてここで鄭和を待ち受けるのは、中国人の大海賊・陳祖義と、彼と結んで執念深く鄭和を狙うイスラム商人たち。
 地元の商人たちを脅して仕掛けてきた罠を見破った鄭和ですが、これに対して「威信は示すもの」と、あえて罠にはまったふりをして、真っ正面から海賊たちとの激突を選ぶことになります。

 かくて展開するのは、鄭和の巨大艦隊と、海から小舟で奇襲を仕掛ける海賊たちとの、本作始まって以来の規模で展開する大海戦。
 真っ正面からぶつかり合えば、どう考えても鄭和側有利と思えるこの戦いですが、しかし相手は剽悍な海賊たち。しかもこの地は彼らのホームグラウンドであります。こんな手段がありなのか、という意外な手段で襲いかかる敵に、鄭和の打つ手は……

 と、個対個の戦いに留まらない、集団戦の面白さが存分に描かれるこの海戦。しかしその最中に、思わぬ強敵が鄭和自身を襲うことになります。
 そして、辛うじてこの戦いに勝ったものの、新たな危機の火種を抱えることとなった鄭和。そしてついに、彼は己の近くに存在する、恐るべき敵の存在を知ることになるのですが――そこから、更なる鄭和の過去の物語が始まるのであります。

 本作で鄭和が抱える巨大な秘密であり、そして本作最大のフィクション――永楽帝に滅ぼされたはずの先帝・建文帝とその娘を、鄭和が密かに匿い、この艦隊で海の向こうに逃がそうとしているという「事実」。
 しかしそもそも永楽帝に仕えてきた鄭和にとって、建文帝はいわば敵であったはず。そして如何に人の命を救うことに命を賭ける鄭和であったとしても、先帝は背負うに大きすぎる存在と言えるでしょう。それなのに、何故鄭和は建文帝と娘を救おうとするのか……


 この巻が、過去と過去に現在が挟まれる形の構成となったのは――言い換えれば、過去の物語のために現在の旅があまり進んでいないのは――どうかなと思うところもありますが、しかし先に述べたとおり、この過去は、本作最大の仕掛けに繋がるものであり、そして現在にも大きな影響を及ぼしているのであります。
 果たしてその過去がどのように現在に繋がるのか――もう一つの過去の物語は、まだ始まったばかりであります。


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