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2019.12.11

幹本ヤエ『十十虫は夢を見る』第8-10巻 二つの爆弾が見せてくれた素晴らしい「夢」

 喫茶店「十十虫」を舞台に、人の夢に現れては「お告げ」をする壱高生・高月英兒と、店の怪力ウェイトレス・叶美和子が繰り広げてきた物語もついに完結。ついに自分たちの気持ちに気づいた二人の選ぶ道は、そして高月の「お告げ」の正体とは。いま、驚愕の真実が描かれます。

 これまで悩める人に夢の中で「お告げ」をしてきた(しかし自分自身はそのことを全く知らない)英兒と、その「お告げ」が引き起こした騒動解決のため、彼とともに奔走してきた美和子と――はじめはケンカ友達のような関係だった二人も、様々な事件を経て、互いに抱く気持ちに気付くことになります。
 そしてそんな状況の二人が密かに向かう先は――浅草の支那そば屋。しかしそこに割って入るのは、英兒を溺愛し、美和子は彼に相応しくないと敵視する兄の瑛一に雇われた八研調査會の若手所員・葉室。果たして英兒と美和子は妨害を乗り越え、二人っきりで支那そばを食べることができるのか?


 ……などと、そんな何とも脱力かつ微笑ましい展開を迎える二人。しかし現代人の目から見れば普通の食べ物であっても、この昭和初期では不良の食べ物だったというラーメンを二人で食べるというのは、なるほど彼らにとっては大冒険でしょう。
 そしてこの試練(?)をクリアして、また一歩距離を縮める――というか思い切り縮めようとして英兒が超自爆するのがまた微笑ましい――二人ですが、しかしその先行きは前途多難であります。

 壱高祭にはかつて英兒のお告げに救われた――そして密かに彼を慕っている女優の志づ乃が現れ、そして十十虫の店長のかつての恋人の死の謎を追う英兒と美和子の前には瑛一が選んだ花嫁候補が現れと、美和子も心中穏やかではないのですが……
 というわけで、終盤に至り、一気にクローズアップされる二人の恋。そのためか、英兒のお告げの要素は――すなわちミステリとしての要素は、だいぶ控えめになった印象があります。

 そんな中でも、美和子と津吹が探偵役を務める「銀座三丁目小夜曲」――銀座の裏名物・松屋颪(松屋のビル風)によって女性の衣服がまくれあがってしまうスポットで、盗撮する男と盗撮されたがる女という、いささか乱歩的な変態心理の交錯などは実に面白いのですが、やはり少々寂しいところではあります。
(が、実はこのエピソードには本作最大の仕掛けが……)


 しかし、物語も最後の最後まで来て、このお告げにまつわるとんでもない爆弾が炸裂することになります。
 そもそも人の夢の中に英兒が現れ、「お告げ」をするのは何故なのか。何故その「お告げ」が当たるのか。そして英兒本人はそのことを知らないのは何故なのか? この辺りは、物語が進むにつれてこちらも慣れてしまい、「そういう設定」とこちらが受け入れてしまったものですが――その真実が、ここで明かされるのです。

 ……しかしこの真実、事前に予想できていた人間は絶対いない、と断言できるほど、とんでもないもの。その内容については断じてここで明かすわけにはいかないのですが、これは果たしてアリなのか!? とただただ驚くほかありません。
 しかしそんなとんでもない真実によって、作中であえて現実から変えていた(もじった)かと思われたものに、エクスキューズが与えられることになったのもスゴいところで――そしてここからさらに、最後のもう一つの爆弾に繋がっていくのであります。


 英兒と美和子の恋の、その先に立ちふさがる最大の障害。実はそれは二人の仲に反対する英兒の兄・瑛一――ではなく、美和子自身の側にあります。
 実は美和子は高名な柔道家の家系(嘉の……いや叶家)の一人娘。美和子はそんな自分の立場と、英兒への想いの間に挟まれることになります。そんな状況の中で美和子が出した答えとは……

 これがまた、ええええ、これもアリなのか!? といいたくなるようなとんでもなく、そして痛快なもの。いやいやいや、さすがにフィクションが過ぎると思っても、しかし第一の爆弾のことを考えれば、立派に成立してしまうのであります。
 個人的には苦手な部類の仕掛けではあるのですが、しかしこれはもう、ここまでの物語の積み重ねと、そしてそれがもたらす幸福感を考えれば、OKというしかないでしょう。

 果たしてこの先、英兒と美和子に、登場人物たちにどのような未来が待っているのかわかりませんが――いい夢見せてもらいました! と、ただただこの結末に感謝するばかりなのであります。


『十十虫は夢を見る』(幹本ヤエ 秋田書店ボニータコミックスα) 第8巻 Amazon/ 第9巻 Amazon/ 第10巻 Amazon

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