廣嶋玲子『妖怪の子預かります 9 妖たちの祝いの品は』 シリーズファン待望の短編集
思わぬ運命から妖怪の子預かり屋になってしまった少年・弥助と、彼の養い親の元大妖怪・千弥を描く本シリーズも、あっという間に二桁目前。この巻は普段とはちょっと趣を変えた番外編――わき役たちを中心とした短編集スタイルとなっています。
月夜公に横恋慕した末に周囲の者たちを手に掛けた末、脱獄して千弥と弥助を狙った最凶のヤンデレ妖怪・紅珠。本書では前の巻で描かれた、その紅珠との戦いの前後の物語が描かれることになります。
今日も往診に飛び回る妖医者の宗鉄と、その娘の半妖・みお。そんな忙しい一日の最後に飛び込んできたのは、弥助をかばって紅珠の爪を受けた兎の妖・玉雪が、傷が癒えたはずなのにもがき苦しんでいるという知らせで――という『宗鉄の二つ名』に始まり、本書は全6話で構成されています。
弥助のために、夏でも残る雪を求めて鈴白山に向かった玉雪が、冬のあやかし・細雪丸の「温もりが欲しい」という難題に挑む『玉雪の子守歌』
千弥と弥助が江戸に来る前、鈴白山に迷い込んだところに現れた細雪丸が、凍えた弥助を助ける中で千弥と不思議な友情を結ぶ『鈴白山の冬の客』
あらゆる子供を慈しむ妖怪・うぶめの視点から、彼女が鈴白山で救った二つの幼い魂の思わぬ向かう先を描く『うぶめの夜』
久蔵の知人の古道具屋の若旦那が、店に持ち込まれた曰く付きの櫛の由来を探ったことから、悍ましい呪いに巻き込まれる『へちまの受難』
そしていよいよ生まれる久蔵と初音の子供への祝いの品を求めてレギュラー陣が奔走する『祝いの品』
いずれの作品も、前話と大なり小なりリンクした形で展開していくことになりますが、その内容は実にバラエティに富んだものであります。
そもそもこれまでの8巻までの間で登場したレギュラー・サブレギュラーだけでかなりの人数に渡りますが(それにさらに新キャラが加わって)、そんな妖怪と人間たちが織りなす物語は、これまで以上にユニークなもの揃いなのです。
その中でも特に印象に残るのは、『鈴白山の冬の客』でしょうか。
前話の『玉雪の子守歌』で初登場の妖・細雪丸。本作では、温もりを求めつつもその素性故に他者と触れあえない細雪丸が、それでも人を助けるために奔走する姿が描かれるのですが――それだけでもグッと来るところに、そこにかつての千弥が絡むのが、シリーズファンには嬉しいところであります。
江戸に来てすぐの千弥は――シリーズ第1作でも触れられましたが――人間にほとんど馴染みがなく、弥助を慈しもうとしても非人間的な行動をとってしまい、彼を苦しめるというアンビバレンスな状態。
本作で描かれるのはまさにその千弥の姿なのですが、それでも細雪丸と触れ合う中で(これがまたブラックなコメディ風味でちょっと楽しい)少しずつ千弥が変わっていく姿が印象に残ります。
そう、そもそも本シリーズの基調となっているのは、他者との触れ合いを通じて人や妖怪が成長していく姿であり――それは千弥においても例外ではない、いや彼こそが一番大きく変わった存在なのだと、今更ながらに感じさせられた次第です。
(冷静に考えてみれば、人のことを知らなかった割りに千弥は――というシリーズの謎の一つがここで解決するのも楽しいのです)
そしてまた、本書でほとんど唯一、純粋な人間の視点からの物語という点で異色の――まさにシリーズの番外編と言うべき――『へちまの受難』では、ある状態にある女性にのみ作用する、不気味な呪いが登場。
ここでこれでもかと描かれる妖怪よりも恐ろしい人間の負の情念の姿は、ある意味実に作者の作品らしく、時代ホラーとして実に魅力的な短編であります。
その一方で、あまりに意外かつ、そういうことだったのか! と驚き感動すること必至の『うぶめの子守歌』があったりと、こちらの感情も存分に振り回された末に、幸せを絵に描いたような結末を迎える本書。
千弥と弥助は脇に下がることとなりましたがその分他のキャラクターが魅力的に描かれ、さらにこの先の不穏な展開がさらりと予告されたりするのも心憎いところで――シリーズファンには必読の一冊であることは間違いありません。
それにしても、千弥が坊主頭の理由は今回が初出だと思いますが――また何という爆弾を放り込んでくれるのか。あの二人の間の感情、いちいち重すぎます。
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