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2019.12.01

TAGRO『別式』第5巻 彼女たちのエゴ、彼女たちの結末

 江戸に生きる剣術娘たちの姿を描いてきた『別式』も、ついにこの第5巻で完結であります。刀萌の、九十九の死によって壊れ始めた彼女たちの関係は二度と戻ることなく、悲劇が新たな悲劇を生むことに。そんな中で類が選んだ道は、そしてその結末は……

 天才肌で面食いの佐々木類、脳天気な早和、優等生の魁、女装男子の切鵺、占い師で二刀流の刀萌――自分たちを一本の串に刺さった団子に喩える仲の良さであった彼女たち別式(女性武芸者)。
 しかし暗殺者という裏の顔を持っていた刀萌が、切鵺の両親の仇である男・岩渕源内との決闘に敗れて命を落としたことにより、彼女たちの運命は大きく変転していくことになります。

 源内によって右目を奪われた類。想いを寄せていた大杉九十九が刀萌を愛していたことを知った魁。そして自分と源内の因縁が皆を巻き込んだと悔やむ切鵺。そして源内との決闘に向かう途中、あまりにもあっけなく九十九は命を落とし――そしてここから最終巻の物語が始まることになります。


 類たちが見守る中、諸悪の根元とも言うべき源内とついに対峙し、そして決着を着けた切鵺。しかし物語はこれでハッピーエンドとは既にいかない状況にあります。。
 誤解が誤解を、疑惑が疑惑を呼び、さらにヒビが入っていく彼女たちの仲。あるいは後悔を背負い、あるいは止むに止まれぬ想いを抱き、ついに刃を交える彼女たちの悲劇は終わることなく続いていくのであります。

 そして物語は第1巻冒頭の時点に――刃を抜いて対峙する類と切鵺の姿にたどり着くことになります。その先にあるものは……

 デフォルメされたキャラクターや脳天気な展開、現代の風物のパロディなど、見かけは時代劇コメディ的であった本作。しかしこの第1巻冒頭の時点で、悲劇は約束されていたのは間違いありません。
 仲間たちを全て失い、今また仲間だとかつては信じていた切鵺と立ち合う類――この衝撃的な場面がどのような理由で生まれ、そしてここからどのような結末を迎えるのか、気にならなかった読者はいないでしょう。

 そしてこの最終巻で描かれた真実は、こちらの祈りを次々と打ち砕いていくかのような、あまりに無惨で残酷なもの。何よりもそれをもたらしたのが誰かの悪意ではなく、止むに止まれぬ想い――言い換えれば愛――であることが、何よりもこちらをいたたまれない思いにさせるのであります。
 それは作中のある人物の言葉を借りれば「エゴ」(この言葉をさらっと出せるのが本作のスタイルの強み)なのでしょう。あまりにも不器用すぎた人々のエゴのすれ違いとぶつかり合い――ここで描かれたのは、まさにそれだったのですから。

 そしてその最大の被害者は、類だったかもしれません。何しろ彼女は、これまでこの物語の、この悲劇の本筋からはほとんど蚊帳の外、完全に(まったく驚くほどに完全に)巻き込まれていただけだったのですから。
 そしてそんな彼女が、自分よりも強い男に身を任せるという自身の数少ないポリシー――そしてそれは自分自身に対して極めて無責任な、同時にエゴイスティックな態度とも言えるのですが――故に最後の悲劇を迎えるのを、何と評するべきでしょうか。


 ……あるいは彼女たちが剣を持っていなかったならば、別式でなかったならば、この悲劇は起きなかったのかもしれない。その疑問は皆の脳裏をよぎることでしょう。
 確かに、如何にコミカルに、パロディを交えて描かれていたとはいえ、彼女たちの、登場人物たちの運命は、この時代ゆえのものではあるのですが――しかしこれ以上考えるのはナンセンスというものでしょう。

 きっかけはどうであれ、本作で描かれた彼女たちの心の動きは、現代に生きる我々の心に共鳴し、大きく動かすものであったことは間違いないのですから。そして優れた時代劇は、そういうものなのだと思うのです。


 正直なところ、終盤に向かうにつれて登場人物の情念のほとばしりが物語の整合性からはみ出した感もあり、そしてその一方で、この結末は一種の予定調和とも感じられないでもありません。
(あるいはそれは、本作の本来の構想どおりであれば異なるものであったのかもしれませんが――個人的にはこの展開でも違和感はありませんでした)

 それでもなお、本作で、この最終巻で、その結末で描かれたものは、心の奥底に長く残る――そんな作品であることは間違いありません。近年稀にみる時代劇漫画であったと言うべきでしょう。


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