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2019.12.10

夏原エヰジ『Cocoon 修羅の目覚め』 花魁剣士、哀しき女の鬼を斬る

 第13回小説現代長編新人賞奨励賞を受賞し、いきなり単行本シリーズとして登場した時代ファンタジーの開幕編であります。表の顔は吉原屈指の花魁、裏の顔は江戸に出没する鬼を狩る剣士・瑠璃の死闘が、ここから始まることとなります。

 時は天明、天災が相次ぎ、世情不安定な中で、そこだけはこの世の盛りと咲き誇る吉原の大見世・黒羽屋で花魁を務める瑠璃。絶世の美しさで男どもの目を一身に集めながらも、気ままに客を振り、身揚がりしてしまう彼女には裏の顔がありました。
 実は黒羽屋こそは、江戸を騒がす奇怪な鬼を対峙する集団・黒雲の本拠。そして瑠璃は、髪結いの錠吉、料理番の権三、若い衆見習いの豊二郎と栄二郎兄弟を率いる黒雲の頭領だったのであります。

 生まれながらに強大な力を持ち、妖刀・飛雷を振るう瑠璃。彼女は、強い恨みと悲しみを呑んで死んだ女性が変じる鬼たちを、夜毎狩っていたのであります。
 しかしその強大な力から周囲の人間たちに壁を作り、自分に寄ってくる妖たちと酒を飲むのが唯一の楽しみである瑠璃。そんな孤独な彼女が心を許せる数少ない人間の一人が、朋輩の津笠だったのですが……


 日本人には古くから馴染み深い存在であるためか、そして人間に近しい姿を持っているためか、今なお様々なメディアで、様々な時代を舞台に描かれ続けている鬼退治の物語。本作もその一つと言えますが、やはり最大の特徴は、鬼を狩るのが吉原の花魁であるという点でしょう。

 そもそも本作の鬼は、強い恨みを持って死んだ女性が変じ、自分の無念を晴らすために――そしてそれに留まらず、より多くの人々を自分と同じ目に遭わせるために――闇に蠢く存在。
 本作には古来からの妖怪や精霊、付喪神といった妖たちも登場しますが、それらとは全く別の――一種の怨霊とも言うべきモノが、本作の鬼なのであります。

 その鬼を狩るのが、男の極楽、女の地獄である吉原の頂点に立つ花魁というのは、ある意味納得であり、同時に極めて強い皮肉であるといえるでしょう。苦界で辛酸を舐めている遊女が、同じ女性として苦しみ抜いた末に変じた鬼を討つというのですから……


 もっとも、その主人公たる瑠璃自身は、比較的その葛藤が薄い人物として描かれます。
 何しろ彼女は持って生まれた美貌と才能で、吉原に売られて早々に花魁の座についた女性。黒雲としての任のためもあるとはいえ、そして花魁という高嶺の花であるとはいえ、好き勝手に振る舞うことを許されている――そしてその気になれば自由になれるだけの金を持っている――のですから。

 この辺りのスーパーウーマンぶりは、本作の面白さ――素顔は酒好きで不精者という残念美人ぶりもちょっと楽しい――であると同時に、弱点ともいえるでしょう。
 彼女にも、養い親が亡くなってすぐに義理の兄に売り飛ばされるというかなり悲惨な過去があり、そしてその力故の悩みもあるのですが――少なくとも、苦界に生きる者故の悲壮感は薄いと感じられます。

 もっとも、その役割は他のキャラクターたちに割り振られているところではあります。そして瑠璃の悲壮感の薄さ――それは彼女の人間としての生の実感の薄さに起因するものですが――こそは、ある意味本作の核心に迫る部分ともいえるかもしれません。
 とはいえ、登場した瞬間に「あ、最終的に敵になる人だ」とわかってしまうキャラがいるのはいかがなものかと思いますし、終盤に至って、それまで物語に全く関わって来なかった(ように見える)存在のことが語られるのは、少々違和感があるのですが……


 このようにひっかかる部分はあるものの、しかし文章の点ではとても新人とは思えぬ筆致で大いに読まされますし、また敵味方が用いる様々な術の面白さもなかなかに魅力的であります(特に瑠璃の最終兵器とも言うべき「楢紅」はその由来もさることながら、ビジュアルの強烈さが素晴らしい)。
 そして何より、ラストに描かれる瑠璃の花魁としての情と意気地は天晴れというほかありません。

 おそらくは、この先描かれるであろう瑠璃の過去を読めば、また大きく物語の印象も変わってくることでしょう。そしてまだまだ物語には秘密と謎が散りばめられていることを思えば――やはりこの先の物語も読まないわけにはいかないのです。


『Cocoon 修羅の目覚め』(夏原エヰジ 講談社) Amazon

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