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2020.01.21

栗城祥子『平賀源内の猫』第1-2巻 少女と源内と猫を通じて描く史実の姿、人の姿


 様々な時代猫漫画が掲載されてきた「お江戸ねこぱんち」誌の中でも、数少ない史実との繋がりを巧みに物語に織り込んだ本作が電子書籍でまとまりました。タイトルどおり平賀源内とその猫、そしてお手伝いの少女の二人と一匹を中心に展開する、実にユニークな連作であります。

 生まれついての赤い髪が幼い頃からコンプレックスとなっていた少女・文緒。父を亡くし、江戸に出て人の紹介で住み込みで手伝いをすることとなった相手は平賀源内でありました。
 そして源内邸に彼よりも前から住みついていたという猫・エレキテル――その名が示すように自分の帯電体質を自在に操る猫――とともに、文緒は二人と一匹で暮らすことになります。

 派手好きな粋人で、何が本業かもわからない――しかし文緒の姿を全く気にせず受け容れてくれる源内、ちょっと性悪でマイペースのエレキテルに振り回されながら、文緒は様々な事件に巻き込まれていくことに…… 


 そんな文緒の視点から描かれていく本作は、個の第2巻までで8話が収録されています。
 初めて源内のもとを訪れた文緒が、戸惑いながら源内の人となりに触れ、自分自身を見つめ直す第1話「其の名エレキテル」
 今でいうストーカーに悩まされる笠森お仙を源内が匿ったことで起きる騒動「笠森お仙 雪花こころ模様」
 農民出身の用人・三浦を軽んじる田沼意知に、源内が人の価値を教える「日本橋通りの怪」
 ぎやまん製の鏡を大奥に献上したことがきっかけで、源内が大奥の勢力争いに巻き込まれる「うぬぼれ鏡」
 江戸参府してきたカピタンに会おうと奔走する中川淳庵を源内が見守る「中川淳庵、走る」
 望まぬ縁談に悩む工藤平助の娘・あや子のために源内が一肌脱ぐ「あや子の縁談」
 行方不明になった鈴木春信の猫探しと、旅に出た父を待つ少年の物語が交錯する「八百八町ねこ探し」
 大名同士の菓子作り競争に巻き込まれた源内が、かつての主である松平頼恭と再会する「殿さまとお砂糖」

 ――と、各話のあらすじを見ればわかるように(そして冒頭に述べたとおり)、本作はほとんどのエピソードで史実を題材とし、それをアレンジして物語を紡いでいくことになります。
 一見それは当たり前のことに感じられますが、しかし「お江戸ねこぱんち」誌に掲載されている漫画は市井ものが――言い換えれば特定の史実と絡まない作品がほとんど9割以上を占める中で、本作は異彩を放っているのであります。

 しかし本作の魅力は、単に史実を題材としている点だけでなく、その題材選びの巧みさにあります。
 源内が主人公だけに蘭学絡みのものや、彼自身の事績によるものも少なくありませんが、しかし本作で描かれるのはそれに留まりません。さらに有名な史実だけでなく、あまり知られていないような史実や、知っている人であればニヤリとできるような史実など――時にその意味を作中では伏せて――実に様々なのです。

 例えば田沼意次の用人・三浦庄司を題材とした作品はほとんど見たことがありませんし、工藤平助の娘のその後の人生は――こちらは様々な作品で描かれていますが――知っていれば大いに納得できるところであります。
 さらに「笠森お仙 雪花こころ模様」など、お仙の家の中にまで「忍んで」くるストーカーと聞いて、あっこれはと思いきや――と、知っていると逆に引っ掛けられる仕掛けが用意されているのも心憎い。

 そしてもちろん、この史実とのリンクが、文緒という一人の少女の目を通じて、血の通った人々の物語として――言い換えれば一種の人情ものとして――語り直される様も巧みであります。
 掲載誌でほとんど読んでいたものの、今回まとめて読んでみて、改めて本作の面白さを再確認させられた次第です。


 ただ一つ、蛇足を承知で申し上げれば――そしてこれは作者の責任ではないと思いますが――2巻構成の本作、第1巻と第2巻で表紙絵が同じだったり、目次ページが存在しないのに、いささか寂しい気分になったのもまた事実。
 紙の書籍で単行本化されていないものが電子書籍の形でまとめられたのは本当にありがたいお話ではありますが……


『平賀源内の猫』(栗城祥子 少年画報社ねこぱんちコミックス) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
平賀源内の猫(1) (ねこぱんちコミックス)平賀源内の猫(2) (ねこぱんちコミックス)

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