石川優吾『BABEL』第5巻 小文吾に、信乃に迫る薩摩の魔
予測不能の展開が続くネオ八犬伝『BABEL』、その第5巻で描かれるのは、前の巻から突入した薩摩編であります。運命の悪戯から全てを失い、流れ着いた屋久島で琉球の姫君・按司加那志と、キリスト教のパードレ・フェルナンと出会った犬田小文吾。しかし恐るべき魔の影はすぐそこに迫って……
戦国時代の日本に漂着した異国船に乗っていた八体の魔――その一体、扇谷定正に憑いたベルゼブブを斃した犬塚信乃と犬飼現八。しかし既に魔は日本中に散らばり、その根を張り巡らせ始めていたのであります。
そんなわけで新たな物語の舞台は薩摩――犬追物で追われていた犬の「我を助けよ」という語りかけに応えてしまった心優しき巨漢・小文吾は、そのために主人夫妻を殺され、自分も崖から転落した末に屋久島に漂着することになります。
島民に救われた小文吾がそこで出会ったのは、島津に滅ぼされた琉球王国の王女・按司加那志とあの犬――そして島民たちから密かにパードレと敬われる異国人フェルナン。そしてフェルナンこそは、八体の魔が宣教師を装って日本に乗り込んできた時、その船に同乗し、辛くも逃れた生き残りだったのであります。
そんな中、屋久島に殺到する島津の軍勢。かつて小文吾の主人を殺した男を指揮官とする一団は、フェルナンを捕らえるや、彼を人質に、島民たちに小文吾と王女を捕らえるように強いるのでした。
そして遂に小文吾たちが遂に追い詰められた時、あの犬が現れて……
あまりに突然の薩摩。もはや南総でも里見でもない舞台に、里見姫とは、犬の存在とは――と色々と考えさせられた新展開ですが、しかしこちらが悩んでいる間にも、小文吾はどんどんと追い詰められ、のっぴきならない状況に追い込まれていくことになります。
考えてみれば本作の敵は海の向こうからやって来た悪魔たち、しかもそれがキリスト教の宣教師を装って来たと言えば、確かに薩摩が舞台となるのには一定の必然性がありますし、小文吾の追い詰められぶりも、ある意味非常に「らしい」と言えなくもありません。
しかしそれよりも何よりも、やはり強く印象に残るのは、そのアートの美しさです。
薩摩兵に指嗾された島民たちの掲げる松明が炎の道となって小文吾たちに迫る光景、按司加那志がその力の一端を放って呼ぶ水の龍の姿、そして何よりも満身創痍となった小文吾の前に、水面を歩きながら犬が現れる場面――これらの美しい画のインパクトの前には、少々のことは吹っ飛んでいくのであります。
とはいえ、この巻も3/4を過ぎた辺りで信乃が登場するとやはり安心いたします。ここで信乃は、犬に導かれて、何と左母二郎とのある意味夢の(?)コンビで珍道中を続けてきたのですが――お約束というべきか、左母二郎のおかげで、またもや牢に繋がれる羽目になるのでありました。。
そしてそこで狂気の領主・島津貴久の主催するひえもんとりに、小文吾らとともに参加する羽目になるわけですが――何だかこの展開、前にも見たことあるような気がする、というのはともかく、ただでさえ恐ろしいひえもんとりが、本作においてはなおさら大変なものになっているであろうことは、まず間違いがない話でしょう。
果たしてそこで待ち受けるものは――いよいよ薩摩編も佳境であります。
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