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2020.01.23

ロバート・ウェストール『ブラッカムの爆撃機』(その一) 戦争文学として、児童文学として、ホラーとして


 第二次世界大戦中、イギリス軍が行ったドイツへの夜間爆撃を背景に、搭乗した者を死に至らしめるという爆撃機にまつわる奇譚――一級の戦争文学であり、児童文学であり、そして何よりもホラー小説でもある名品であります。

 「親父」と呼ばれるベテランパイロットと、同年代の若者たちとともに南オードビーの基地からドイツ本土への夜間爆撃を繰り返す新米航空兵のゲアリー。彼らが乗るウィンピー――ウェリントン爆撃機は、アルミ管の骨組みの上に、布を張って作られた代物であります。

 そんなウィンピーでのある爆撃の帰路、彼らは同じ部隊ながら、粗野で下品で鼻つまみ者のブラッカム軍曹の機体と遭遇するのですが――そこにドイツ空軍のユンカースが襲来。ゲアリーの警告で難を逃れたブラッカムの爆撃機はユンカースを攻撃し、敵の機体は炎に包まれるのでした。
 ドイツ軍の周波数に合わせていた無線機から聞こえてくるドイツのパイロット・ゲーレンの断末魔の叫びと、それを嘲笑うブラッカムたちの声――それを耳にしたゲーレンたちは、自分たちが今している行為に、強く心を痛めることになります。

 しかしその後の出撃において、ブラッカム機で奇怪な事態が発生します。出撃から帰還した機体の中ではクルーの一人が拳銃で撃たれて死に、後のクルーはパラシュートで脱出に失敗して死亡、唯一の生存者であるブラッカムは正気を失っていたのです。
 結局原因は不明のまま、別のチームに回されることとなったブラッカム機。しかしそのチームも、その次のチームも、出撃から帰還した後におかしな様子を見せ、その次の出撃で命を落としたではありませんか。

 司令官の要請で元ブラッカム機に乗ることになった親父と、志願して彼に同行することになったゲアリーたち。無事に爆撃を終えて帰還する一行ですが、その時、通信機からドイツ語の声が……


 自分の第二次大戦中の経験等を題材として、数々の児童文学を残したロバート・ウェストール。それと平行して、作者は超自然的な題材を扱った作品も描いてきたとのことですが――本作はその両者が、非常に密接に絡みあった作品であります。

 作中でブラッカムの爆撃機を巡る怪異の正体――その詳細は伏せますが、ホラーは比較的良く読む人間にとっても、その様は非常に恐ろしく、そして不気味かつ悍ましいものであります。まず間違いなく飛行機――特に無数の爆弾を腹に抱えた爆撃機の中では最も遭遇したくないものの一つであると、本作を読みながら震え上がりました。
 とはいえ、それは冷静に考えれば直接的な脅威ではないと言えるかもしれません。しかしそれはある意味「死」を具現化した存在であり――そしてそれに遭遇したパイロットたちの生きる意思を奪っていくという点で、非常に恐ろしい存在であります。

 本作はそんな怪異の存在を、語り手であるゲアリーの目と口を通じて、臨場感たっぷりに浮かびあがらせてみせます。
 あり得べからざるもの――それも形を持たぬものと、それが生み出す恐怖を描くのがホラーの醍醐味であるとすれば、本作は第一級のホラー小説であることは間違いありません(特にクライマックスで描かれる怪異の凄まじさたるや!)


 そして本作は同時に、戦争を舞台として初めて成立する作品でもあると言えます。
 それは本作の主な舞台が(そして怪異が猛威を振るう場が)爆撃機の中という、戦争でなければ登場したいような場であることはもちろんですが――それだけでなく、本作の背景に広がるもの、そして怪異の源ともいうべきものが、まさしく「戦争」に由来するものであるからにほかなりません。

 ゲアリーと(親父を除く)チームの仲間たちは、皆つい先頃まで学生であり――それがほとんど促成栽培のような形で最前線に投入されてきたことが、ゲアリーの語りの中から浮かび上がります。
 彼らにとってそれまで全く無縁だった、どこか遠くの話であった戦争が、突然身近なものになる――というほど、しかし状況は単純なものではないでしょう。空の上から爆弾を落とす彼らにとって最も身近な死は、敵ではなく自分たちの方のものであり、それに対する恐怖は、は戦争とはまた微妙に異なるものとも言えるのですから。

 しかし――と、中途半端なところで恐縮ですが、長くなりましたので明日に続きます。


『ブラッカムの爆撃機 チャス・マッギルの幽霊 ぼくを作ったもの』(ロバート・ウェストール 岩波書店) Amazon
ブラッカムの爆撃機―チャス・マッギルの幽霊/ぼくを作ったもの

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