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2020.01.02

山田風太郎『忍者明智十兵衛』 奇怪で皮肉な二人一役の光秀


 今年の大河ドラマのテーマに合わせて何冊も刊行されている明智光秀関係作品。このブログでも紹介していきたいと思いますが、まずは過去の名品を紹介しましょう。山田風太郎の忍法帖短編『忍者明智十兵衛』――怪忍者の恐るべき忍法と、明智光秀の隠れたルーツを描く奇怪な作品であります。

 越前一乗谷の朝倉義景のもとに、亡き主人の娘・沙羅とともに身を寄せていた土岐弥平次の耳に入ってきた奇怪な男・明智十兵衛の噂。
 土岐家の正統ながら斎藤道三に家を滅ぼされ、以降甲賀卍谷で忍法修行をしていたという十兵衛は、朝倉家を訪れるや五百貫の知行を与えられたのですが――義景に忍法を所望されてその腕を切らせ、一月の後に腕を再生してみせたというのであります。

 その褒美に沙羅を所望したという十兵衛ですが、弥平次に夢中の沙羅はそれを撥ね付けたというのですが――やがてその十兵衛が、弥平次のもとを訪ねて来るのでした。
 貧相な外見ながら、話してみれば存外な好人物の上、自分とは兵法軍学という共通点を持つ十兵衛と意気投合する弥平次。しかし同じ土岐の末裔ながら傍流の自分に対して、正統として朝倉家に遇される十兵衛に複雑な感情を抱くのでした。

 そして十兵衛は弥平次に意外な告白をするのでした。彼は信長の妹のお市に恋い焦がれており、そして沙羅はお市と瓜二つだというのです。
 さらに弥平次に自分の五百貫を与える代わりに、自分に沙羅をくれと言い出す十兵衛。失われた部位を再生させる自分の忍法人蟹によって一度断たれた自分の首を美男子の弥平次と瓜二つのものと変え、二人の弥平次を生み出すことにより、それが叶うというのであります。

 その申し出に乗り、十兵衛の首を切り落とした弥平次。しかし弥平次と沙羅の見守る中、壺の中に収められた十兵衛の首は奇怪な再生を始め……


 明智光秀が若き頃に諸国を放浪しており、その途中に朝倉家に仕えていた(らしい)というのは良く知られた話ではありますが、逆にいえばそれ以外はあまりはっきりとした記録がないというのもまた事実であります。

 そこに光秀を題材としたフィクションを展開させる余地があるのですが――本作はその中でも最も奇怪なものであることは間違いないでしょう。
 蟹が鋏を再生させるように、失われた部位を再生してみせる忍法人蟹――それを応用することにより、自分の顔を別人のそれに変えてみせるという奇怪極まりない忍法により、本作ではいわば二人一役の光秀を描くのですから。

 そして明智十兵衛からその奇怪な企てを持ちかけられた土岐弥平次が何を想い、何を選ぶことになるのか――それはある程度予想がつくかと思いますが、忍法があってこそ成立しうるその奇怪な企てと、そしてそれがもたらす不可思議な、しかし因果応報というべき結末には圧倒されます。

 実は本作、昨年刊行された明智光秀テーマのアンソロジー二冊に収録されており、苦笑してしまったのですが、しかしこうして読み返してみれば、宜なるかな、と納得の一編であります。


 ちなみに山田風太郎の忍法帖短編としてみると、一種の人体実験趣味と、忍者の意外な純情とそれがもたらす残酷な結末、そして史実との絡み――と、本作は実に典型的な作品という感もあり、その点からもファンとしては興味深い作品であります。
(ただ、結末は正反対ながら、『忍者枯葉塔九郎』と重なる部分が多くて結構混乱したり――と、これは蛇足)


『忍者明智十兵衛』(山田風太郎 PHP文芸文庫『光秀 歴史小説傑作選』ほか所収) Amazon
光秀 歴史小説傑作選 (PHP文芸文庫)

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