安達智『あおのたつき』第1巻 浮世と冥土の狭間に浮かぶ人の欲と情
正式なジャンル名はわかりませんが、「迷える魂の案内人」ものとも言うべき作品群があります。本作もそんな作品の一つというべきでしょうか――江戸は吉原の浮世と冥土の狭間で、そこに迷い込んだ遊女たちの魂を救うべく奮闘する遊女・あおを主人公とした物語であります。
吉原は羅生門河岸の角、九郎助稲荷のその奧にあるという、強く霊験のご利益を求める者だけが迷い込む浮世と冥土の境に近いところ……
そこに迷い込んできたのは花魁姿の童女、いや童女姿の花魁・濃紫。その前に現れた宮司・楽丸は、ここが生前の想いに囚われた姿で人々が暮らす、冥土の吉原遊郭を管轄とする鎮守の社と語るのでした。
はたして何に囚われているのか童女の姿となり、それでも金を稼がなければと強い執着を見せる濃紫。突然放り込まれた世界に混乱する彼女ですが、その前に、新たに社を訪れた遊女の霊が現れます。
時代遅れな勝山髷――はいいとして、白粉を塗りたくった巨大な顔だけの遊女・富岡の生前の物語を聞くことになる楽丸と濃紫。果たしてそこに込められた「わだかまり」とは……
という第1話の物語をきっかけに、鎮守の社に奉公することとなった濃紫――楽丸には童女の頃の「あお」と呼ばれることになります――が、迷える魂と向き合い、その秘めた「わだかまり」を知り、導いていく本作。
吉原に行ってそこで暮らしたいという三つ子の童女たち、身請けが決まった相手の旦那の変貌に心を痛める花魁――様々に悩みを抱えた魂を、あおは時に受け止め、時に叱咤し、時に共に涙を流しながら、その悲しみを解きほぐしていくことになります。
そんな本作は、冒頭に述べたとおりまさに「迷える魂の案内人」ものなのですが――しかしその舞台選びの妙にまず感心すべきでしょう。何しろ吉原といえば江戸中の人間の欲望と情念が集まる地。そしてそこでどれだけの人間の魂が迷い、わだかまりを抱くかは、言うまでもありません。
しかし同時に見事なのは、ここでその物語を描くのに、冥土というフィルターを一度通していることであります。そのフィルターを通すことによって、本作は真実を一種俯瞰した立場から描くことを可能にすると同時に、一歩間違えれば途方もなく生臭く凄惨で、やりきれない物語になりかねないところを救っているのですから。
(そもそもあおのキャラクターも、童女でなければかなりどぎついものではあります)
そしてまた、そんな物語を描き出すアートもまた実に魅力的で――現実に存在したもの、冥土に存在するかもしれないものをミックスし、まさにその狭間の世界にしかないものを、巧みに浮かび上がらせている様には感心させられます。
作者のTwitterアカウントを拝見すれば、元々は日本画を専攻されていた方とのこと。さてこそは――と納得であります。
(そしてTwitterといえば、作者の別名義での活動にびっくり仰天)
さて、個々のエピソードもさることながら、背骨となる物語――すなわち、あお自身のそれも気になる本作。
何故童女の姿となったのか、何故金にあれほど執着するのか、そして何故命を落とすこととなったのか――それとは別に、わずかに触れられた楽丸の過去も含めて、この先の展開が気になる作品であります。
そして最後になってしまいましたが、本作に登場する鎮守の社の御祭神は命婦薄神、すなわちお稲荷様――ですが、現時点ではほとんどマスコット扱い。しかしこの神様の仕草がまた実に可愛らしく、動物好きには悶絶ものである点も見逃せない(?)点であります。
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