楠桂『鬼切丸伝』第10巻 人と鬼を結ぶ想い――異形の愛の物語
歴史の陰にうごめく恐ろしく悲しい「鬼」を描いてついに第10巻――『鬼切丸伝』の最新巻であります。悠久の時をさまよう鬼切丸の少年が今回出会うのは、肥後の人鬼、怨念の美女の亡魂、そして剣豪将軍の妄執――鬼と人間の複雑怪奇な物語が続きます。
激しい無念の想いを抱いた人間が変化する不死身の鬼と、その鬼を唯一滅することができる神器名剣「鬼切丸」を手にした少年の姿を、様々な時と場所を舞台に描いてきた連作シリーズである本作。その舞台同様、様々な物語が描かれてきた本作ですが、この巻でもユニークな物語が描かれることになります。
冒頭の前後編「和仁人鬼親宗」で描かれるのは、戦国時代末期の肥後で「人鬼」の異名をとった和仁親宗の物語であります。
大友氏に従属した和仁親続の三男である親宗――彼の母は宗麟から親続に下賜された異国の娘、「南蛮様」と呼ばれた女性でした。その血を継ぎ、日本人離れした相貌と巨躯を備えた親宗は、周囲から「人鬼」と呼ばれ忌避される少年時代を送るのでした。
そんな中で只一人、彼を人間として遇したのが鬼切丸の少年というのは皮肉ですが――そんな彼の孤独は、長じて後、埋め合わされることになります。
その日本人離れした巨体と膂力によって敵を蹴散らし、周囲から歓呼の声で以て迎えられる親宗。今また、国人一揆に加わった兄たちを助けて秀吉麾下の軍勢を蹴散らし、和仁家の人々の希望となった親宗ですが、衆寡敵せず、追いつめられた時……
と、正直なところかなりマイナーな武将である和仁親宗を描くこのエピソード。意外なチョイスと言いたいところですが――しかし「鬼」と呼ばれた伝承を持つ彼ほど、本作に相応しい人物はないとも言えるでしょう。
本作はそんな親宗の抱える孤独に加え、亡霊と化したその母の怨念の存在を描くことで、いかにも本作らしい悲しみと因縁の姿を描いてみせたエピソードであります(結末が少々あっけない印象もありますが……)。
さて、続く単発エピソード「嬲り鬼」で描かれるのは、極めて変化球というべき不可思議な愛の物語であります。
平安時代に彼が出会った奇妙な僧侶――二百年前のことを自分が見てきたことのように語る僧は、これまで999人の男を取り殺してきた女の怨霊の存在を語ります。
その正体は、奈良時代の貴族・藤原仲麻呂の娘・東子――世にも稀なる美女であった東子は、かつて鑑真和上が予言したように、父が乱を起こして死んだ後、千人の男たちから陵辱され、無惨な最期を遂げたのです。
その時の怨みから、千人の男を殺さんとする東子の怨霊。ここまでくれば鬼も同然と、東子を討つ決意を固めた少年ですが、東子の前に現れた僧侶が語る意外な真実とは……
「水鏡」に記された、藤原東子を巡るあまりに無惨極まりない伝説。その後に彼女が怨霊と化したというのは本作オリジナルかと思いますが、それも納得と言えるでしょう。
しかし本作はそれに終わらず、その先に思わぬどんでん返しを用意しています。東子の死の真相、そこにあるものは――目を覆わんばかりの無惨な伝説が、美しい異形の愛の物語に一瞬のうちに姿を変える様は見事としか言いようがありませんが、つきあってられんとばかりに荒れる少年の姿も、何とも言えぬ後味を残します。
そして巻末を飾る前後編「剣豪鬼将軍奇譚」は、サブタイトルからわかるように、足利義輝を巡る物語であります。
三好長慶によって都を追われ、無念の末に鬼と化した父に襲われた少年時代の義輝。鬼切丸の少年に救われた彼は、父の怨念を受け継ぐように長慶に執拗に戦いを挑むのですが――しかし長慶はそんな義輝を咎めず、むしろ寛大に受け入れるのでした。
そんな状況を許せず、なおも長慶と敵対を続ける義輝。剣の師となった塚原卜伝(なりかけとはいえ鬼を斬ってのけるのは流石!)から鬼切丸の存在を聞いた彼は、長慶を超えるために鬼切丸を欲するのですが……
その壮絶な最期もあって、悲運の名将軍として描かれることも少なくない義輝。しかし本作の義輝は、自分の父よりも遙かに大人物である長慶に勝つため、鬼切丸に妄執を抱く人物として描かれます。
なるほど、彼が様々な名刀を手にし、最期の瞬間にそれを振るったというのは名高い逸話。そこに鬼切丸をこう絡めるか、と感心させられるのですが――しかしそれ以上に印象に残るのは、最後の最後で明かされる義輝の(彼自身も気づかぬ)真情でしょう。
本作で描かれた、鬼となるほどの強い想い――これも一種の愛と呼ぶべきでしょうか。思えばこの巻に収められていたのは、いずれも異形の愛の物語と言うべきかもしれません。
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