« 金子ユミ『千手學園少年探偵團』 少年「探偵」が挑む謎と壁 | トップページ | 『無限の住人-IMMORTAL-』 十七幕「儀結 ぎけつ」 »

2020.01.31

南原幹雄『北の黙示録』上巻 伊達vs幕府、マクロスケールの伝奇開幕


 徳川幕府の秘密諜報機関・中町奉行所の猛者たちが、幕府を揺るがす巨大な陰謀に挑む南原幹雄の中町奉行所もの最大の雄編であります。伊達政宗が150年前に抱いた野望を実現に移すべく、寛政の世に動き出した伊達家をはじめとする奥州諸藩。その陰謀の正体とは……

 江戸で天地一心流の道場を構える赤石百次郎――彼には中町奉行所与力というもう一つの、真の顔がありました。かつて北町南町と並び、江戸に存在していた中町奉行所。既に廃止されて久しいものと思われていた中町奉行所は、しかし幕府の極秘の捜査諜報機関として、地下で活動していたのです。
 やはり中町奉行所与力であった兄が十年前に奥州での任務中に消息を絶って以来、百次郎はその跡を継ぎ、表向きは道場主として暮らしていたのであります。

 そんなある日、小普請組の旗本――実は中町奉行の浦上から呼び出された百次郎は、伊達家に不穏の動きありと聞かされることとなります。その詳細や、そもそもどこから出たものかは不明な情報ながら――しかしそれに備えるため、今をときめく老中・松平定信が老中を辞任したという状況に、百次郎は勇躍立ち上がるのでした。

 しかし部下たちと探索に当たったものの、伊達家の江戸屋敷はいずれも密かに要塞とも言うべきものに仕立て上げられ、容易に内部を窺うことはできない状況。さらに伊達家の秘密戦力である蔵王山伏の集団・伊達山岳党の襲撃により、奉行所側に犠牲者が出ることになります。
 それでもどうやら伊達・南部・津軽・上杉・佐竹・二本松の六藩が何事かを企んでいることが判明し、その中心である伊達家の藩主・斉村の帰国を禁じるとともに、さらに江戸城の修築工事を課そうとする幕府。これに対し、伊達家は仙台から江戸に大量に流入する米の供給をストップし、幕府に揺さぶりをかけることに……


 冒頭に述べたように、江戸の諜報機関として活躍する、作者のシリーズ組織とも言うべき中町奉行所を中心とした本作。これまで様々な時代で、単なる犯罪ではなく幕府の存立に関わる大事件に挑んできた中町奉行所ですが――今回はその中でも最大の戦いというべきでしょう。
 根室へのロシア軍艦エカテリーナ号の来航と、奥州の名門・最上家の末裔が伊達家に関わる大秘事を記した巻物を発見するという二つのプロローグから始まる本作では、その伊達家と幕府――中町奉行所の、打々発止の戦いが描かれることになります。

 果たして伊達家を中心とする奥州六藩が何を企んでいるのか? その詳細はまだこの上巻の時点では見えてこないのですが、しかし垣間見えてくるものだけでも、そのスケールの大きさは歴然。巨大な組織と組織が歴史の陰で暗闘を繰り広げる、いわばマクロスケールの伝奇を得意とする作者ならではの興趣がここにはあります。
 さらにこの上巻の後半で伊達家が仕掛けるいわば経済戦争の姿も実に面白く、これも作者が描いてきた経済(伝奇)小説の趣向を活かしたものと言えるでしょう。

 そしてその陰謀に挑む中町奉行所はといえば、諜報組織ゆえに表立って活動することはできず、そしてまた謎の薄皮を一枚一枚剥がしていくのがやっとなのですが――しかし忍者ものではない、一種のスパイものとしてのサスペンス描写が、その遅々として進まぬ状況を、逆に盛り上げていくのはさすがであります。
 超人的なヒーローではないからこそ、一歩一歩着実に証拠を固め、謎を解き明かしていくしかない――そんな百次郎たちの苦闘の様が、伊達家の巨大な陰謀と並んで本作の魅力であると感じます。
(もっとも、その百次郎のキャラクター造形自体は比較的単純で、ヒロイン格の居酒屋の女将・お蝶が彼にベタ惚れするのが今一つピンとこないのはちと残念)


 さて、伊達家をはじめとする奥州諸藩と徳川幕府の戦いはまだ始まったばかり。この先、いよいよ激化する戦いはどこに向かうのか――下巻も近日中にご紹介いたします。


『北の黙示録』上巻(南原幹雄 講談社文庫) Amazon
北の黙示録(上) (講談社文庫)


関連記事
 アツいシチュエーションの冒険行 「灼熱の要塞」
 「抜け荷百万石」 雄藩を結ぶ黒い糸

|

« 金子ユミ『千手學園少年探偵團』 少年「探偵」が挑む謎と壁 | トップページ | 『無限の住人-IMMORTAL-』 十七幕「儀結 ぎけつ」 »