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2020.01.25

仁木英之『魔王の子、鬼の娘』  鬼と人の狭間の旅路で織田信忠が見たもの


 以前「読楽」誌に読み切りとして掲載され、アンソロジー『妙ちきりん』にも収録された物語が、長篇として帰ってきました。父とほぼ時同じくしてこの世を去ったはずの織田信忠を主人公に、人と人以外――鬼たちの姿を描く異形の戦国活劇であります。

 明智光秀の謀反により父・信長が本能寺で炎に消え、自分もまた、二条城の炎の中で死を目前とした織田信忠。しかし次に目覚めた時に彼がいたのは信州――かつて彼が妻に迎えようとした人の故郷であり、そして彼が滅ぼした武田家が治めていた地でありました。
 そこで彼の前に現れたのは、武田勝頼と、信忠の義姉の間に生まれたという少女・霧――昼の間の穏やかな人格と、夜の間の皮肉で苛烈な人格の二つを持つ彼女は、ある者の手により、信忠は鬼の王の面をつけて生き延びたことを告げるのでした。

 大きすぎる運命の変転に戸惑う信忠。さらにその前に現れた死んだはずの信長は、自分が魃鬼(おに)たちを従えた魔王となったと宣言するではありませんか。
 この国の安寧のために戦っていたと信じる父の変貌を嘆きつつも、魃鬼の力を用いて天下を狙う父に挑むことを決意した信忠は、霧とともに旅立つことに……

 という短篇版を物語の冒頭部分、第一章として始まる本作。この後、甲府を旅立った信忠と霧は、三日天下で光秀が敗れた末に信長の後継者を巡る駆け引きが始まったことを知り、京に向かうことになります。
 人に似て人ならぬ者、古の民の系譜を継ぐ者たちの道「山の道」を急ぐ二人。しかしその前に現れた童顔に巨躯の異形の存在・鞍馬の月輪が、信忠の前に立ちふさがります。

 織田の旗印を掲げた軍勢により故郷を焼かれたという月輪と激突し、何とかこれを下した信忠は彼を一行に加えますが――同様に何者かによって古の民の末裔たちが襲撃を受けていることを知るのでした。
 その背後に蠢く、人を鬼に変える鬼成りの蟲を操る者の存在。光秀の生存も囁かれる中、旅を続ける信忠たちが最後に出会う者とは……


 信長の天下布武の結末というべき本能寺の変から始まる本作。そこで信長が生存/復活したり、信長が魔性の者となる/であった作品は枚挙に暇がありませんが――しかしそこに信忠が絡む作品は、本作ぐらいではないでしょうか。

 織田信忠――信長の嫡男であり、そして(あるいは名目上のものであっても)信長から織田家の当主を譲られた男。父があまりに有名であるために、そしてその父とほぼ同時にこの世を去ったためにあまり目立たない存在ではありますが、決して無能などではない、実に「面白い」人物であります。
 その信忠が生存して鬼面のヒーロー(?)となり、彼とは因縁深い武田家の娘と行動を共にするという設定の時点で、本作の面白さは半ば約束されたと言えるかもしれません。

 しかし本作のユニークな点は、それに留まりません。本作で描かれる旅の中で、戦いの中で信忠が知るのは、これまで彼とは無縁だった――いや、存在することも知らなかった民たちの存在であり、本作の物語は、そんな人々の姿を描くものでもあるのですから。


 この国に生きるのが歴史に名を残した者たちだけではなく、またこの国の歴史を紡いだのが表舞台に現れた者たちだけではない――それはもちろん武士や貴族といった支配階級に対する庶民のことを指すものではありますが、しかし同時にそれは制外の民、道々の者、まつろわざる者などと呼ばれた者を指すものでもあります。
 本作に登場する、鬼と呼ばれる存在はまさに後者でありますが――ある意味時代伝奇ものにはお馴染みの彼らの存在を、本作は作者らしい筆致で描きます。その暮らしや社会が我々のそれと同じものではなくとも、共にこの世界に生きる、同じ世界の住人として。

 本作で描かれる信忠の冒険は、魔王信長との戦いの旅であると同時に、支配者信長の子として世界を見ていた彼が、そんなこの世界に生きる鬼と人間のことを――この世界の多様性を知る旅でもあるのです。
 そしてそれは、これまで作者が描いてきた様々なファンタジー――特に『まほろばの王たち』『くるすの残光』――の主人公たちの旅路に重なるものでもあります。


 しあしその信忠の物語はまだ始まったばかりであり――その戦いに一つの決着は見られたものの、まだ無数の謎が残った状態であります。
 信忠がこの先何を見て、何を選ぶのか――鬼と人の間に立つ彼の旅の先が描かれることに期待します。


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魔王の子、鬼の娘 (徳間文庫)

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