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2020.01.14

『妖ファンタスティカ2』(その三) 図子慧・高井忍・鷹樹烏介


 操觚の会の伝奇アンソロジー『妖ファンタスティカ2』の紹介のその3であります。いよいよ後半に入り、力作が続くことになります。

『ルート12』(図子慧)
 四国の地方都市で、自治会長の頼みで見張りに立ち、ゴミの不法投棄の模様を録画した淡野。しかしいざ証拠を押さえれてみれば、ことを荒立てたくないと言い出す自治会長に淡野は苛立つのでした。しかし自治会長はその日のうちに行方不明となり、淡野はやがて一連の事件の思わぬ事情を知ることに……

 あらすじから察せられるように、内容的にはサスペンスであって伝奇とは言い難く、またそもそも作者は操觚の会メンバーではない本作。首を捻ってたところ、本作はゲスト寄稿とのこと。(ただこの情報、web上には乗っているものの、本書には掲載されていなかった気がいたします)

 そんなわけでこのブログの趣旨からは外れる作品ではありますが、内容自体は、地方都市のどうしようもない閉塞感や、そこで絡み合う生々しい人間関係など、ジットリとした質感が実に「厭な」(褒め言葉であります)作品で、強く印象に残ります。
 主人公をはじめ善人が基本的にいないというやるせなさも含め、後に引くという点では、本書でも有数のものがありました。


『円明流宮本武蔵』(高井忍)
 熊本の地で夜毎現れては一人剣を振るう「武蔵」を名乗る剣士。しかし「武蔵」は、細川家中村上吉之丞の挑戦から逃げ、「武蔵敗れたり」の評判が流れることとなるのでした。
 その噂が「宮本武蔵」の剣名を貶めることを憂慮して、「武蔵」斬るために単身九州に向かう武蔵。途中、新免無二斎や円明流の人々を回顧しながら旅を続ける武蔵は、ついに「武蔵」と対峙するのですが……

 歴史を「語る」ということに強い(問題)意識を持つ歴史ミステリ作家であり、そしておそらく日本随一の剣豪ミステリ作家が描くのは、タイトルの通り日本一の剣豪である宮本武蔵。その武蔵が村上吉之丞の挑戦から逃げたという「撃剣叢談」の逸話を題材に、「武蔵」を追う武蔵の物語が描かれます。

 そもそも、宮本武蔵は誰もが知っているようでいて、史実とフィクションの境目が非常に曖昧な人物。その点で実に作者好みな人物かと思います。
 本作はそんな謎多き剣豪のそれからの姿を、一種の「武蔵伝」の形を取ることにより、その曖昧さに光を当てる物語を描いていくのですが――それが、ある意味一気にひっくり返される結末にはただ仰天させられます。途中、伏線はいくつもあったにもかかわらず、我々の頭の中の武蔵像が煙幕となり、見事にしてやられた感があります。

 クライマックスの決闘シーンなど、剣豪ものとしても読みごたえ十分な本作、個人的には本書で一番という印象であります。


『人穴妖異譚』(鷹樹烏介)
 源頼朝の股肱としてその旗揚げから付き従う仁田四郎忠常。不死――死んでも血縁者にそれを肩代わりさせるという異能を持つ彼は、頼朝亡き後も二代将軍・頼家に重用されるのですが――頼家は彼に奇怪な命を下します。
 富士に存在する人穴――人ならぬ者たちが棲むという魔境に向かい、幕府の威光を示せというその命に、いずれも只者ではない技を操る四人の家臣と、常に付き従う白皙の郎党・紫と共に挑む忠常。妖刀・淫丸を手に人穴に踏み込んだ一行を待つのは……

 その簡潔にして妖気漂う名と、そこである武士が体験した恐怖の存在が、好事家には強い印象を残す人穴。その武士・仁田忠常もまた、あの曾我兄弟の兄を討ったほどの剛の者であり、それでけで大いにそそられるのですが――その冒険行を、見事に伝奇ものとして再生してみせたのが本作であります。

 何しろ主人公の忠常をはじめ、登場するのは超人と妖魔ばかり。そんな面々が、富士の異界で魔戦妖戦を繰り広げるのだから堪えられません。使われる技、繰り出されるガジェットの一つ一つも含め、短篇とは思えぬほどの要素を投入してくるのもまた見事というほかありません。
 作者は菊地秀行の伝奇ものを愛好するとのことですが、まさしく本作は、あの超伝奇世界を、今流にアップデートしてみせた作品と言うべきでしょう。

 ただ、作中で使われる言葉、登場人物の言葉遣いなどに神経が行き届いていない印象があるのが残念なところで――普段ならあまり気にしないところですが、本作の根幹となる人穴探険の真の理由など、その時代性に根付いたものだけに、そこを薄めさせるような描写が残念に感じられたところです。


 次回、次回こそ紹介のラストであります。


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