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2020.01.05

高橋留美子『MAO』第1-2巻 少女が追う現代と大正と結ぶ怪異


 デビュー40年を過ぎて今なお旺盛な執筆活動を続ける高橋留美子の最新作は、現代と大正時代を結ぶ伝奇ホラー――謎めいた事故に巻き込まれた少女が異界に足を踏み入れ、陰陽師の青年と出会った時、不老不死の妖を巡る奇怪な冒険が始まります。

 8年前、両親と車に乗っていたところで陥没事故に巻き込まれて両親を喪い、自分も一度は呼吸停止となった黄葉菜花。今は祖父に引き取られた彼女は、お手伝いさんの作るまずいスムージーを飲んでは、中学校に通うという平凡な毎日であります。
 そんなある日、幽霊がでると噂のシャッター街――そしてそこはあの陥没事故が起きた場所の目の前だったのですが――に同級生と出かけた菜花は、ただ一人、妖怪が徘徊する奇妙な町に紛れ込んでしまうのでした。

 そこで奇怪な妖怪に襲われ、大怪我を負った菜花。そこに現れた青年・摩緒と助手の子供・乙弥の治療を受けた菜花ですが、摩緒から、お前は妖だと告げられることになります。
 その言葉の意味は、そしてここがどこなのか、訳も分からぬまま摩緒たちと行動を共にすることになった菜花。様々な怪事件に巻き込まれた彼女は、やがて自分がいるのが、大正12年時点の自分が住む町だと知ることになります。

 平安時代に不老不死の法を奪い、自分に呪いをかけた猫鬼を追う摩緒。あのシャッター街を通じて現代と大正を行き来し、町と自分にまつわる謎を追う菜花。やがて菜花は、徐々にあの事故の日に何が起きたのかを思い出していくことになります。
 その記憶は、猫鬼、そしてあの関東大震災と結びついて……


 女学生が過去の時代で不思議な力を持つ青年と出会い、現代と行き来しながら冒険を繰り広げる――というスタイルだけをみれば、どうしても作者の大ヒット作『犬夜叉』を連想させられる本作。
 しかし本作はあちらに比べて――そして他の長編に比べても――怪奇色と伝奇色が濃厚な点で、大きく異なると感じられます。

 一度命を落としながら、妖の力を得て甦った少女、平安の世から生き続ける陰陽師の青年、妖怪たちが住まう非在の町、大正の世を騒がす数々の怪事件と、本作を構成するのは、どこか不気味で、おどろおどろしいキャラクターと出来事ばかり。
 もちろん、菜花の純粋さや可愛らしさ、摩緒の天然さや、作中に織り交ぜられるコミカルな描写(お手伝いさんのスムージーのまずさを毎回様々に形容する菜花の姿など実に可笑しい)で巧みに薄められているのですが、作中に漂う不穏なムードは、なかなかゾクゾクさせられるものがあります。

 これは私が今更言うまでもないことではありますが、作者はコミカルなギャグやかわいらしくもパワフルなヒロインたちを描く一方で、おどろおどろしい怪異の世界を描くのを得意としてきました。
 本作が依って立つのはその怪異の世界――不気味な妖怪や妖人が闇の中に蠢き、人を襲う世界。そしてその世界の大部分を担うのが、大正時代というのも目を引きます。

 現代から約百年もの過去であって――しかしそれでいて、我々の時代にも繋がる文化風俗が存在していた大正時代。現代と近代の合間の時代というべきこの時代は、なるほど菜花のような現代っ子と、摩緒のような時間の流れから離れて生きる者が、共に怪異に挑むには相応しいと言えます。

 そして何よりも、大正時代と言ったとき、我々が真っ先に思い浮かべるであろうあの大災害――関東大震災が、本作では大きなウェイトを占めることになります。
 それが物語にどのような意味を持つのか――それはまだ第2巻までの時点でははっきりとなったわけではありませんが、しかしこの先の物語に大きな影響を与えることは間違いないのであります。(何よりも、本作で描かれる「炎の中から町を見下ろす巨大な猫の化物」というイメージの奇怪さ、不気味さが素晴らしい)


 第2巻の終盤では、菜花の日常に対する小さな、しかし不気味な違和感の存在が描かれるのも大いに気になる本作。
 現代と大正、そして平安を繋いだ先に何が浮かび上がるのか――まだまだ先は見えませんが、その闇に浮かぶものが大いに気になるのです。


『MAO』(高橋留美子 小学館少年サンデーコミックス) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
MAO (1) (少年サンデーコミックス)MAO (2) (少年サンデーコミックス)

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