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2020.01.08

大西実生子『フェンリル』第1巻 テムジン、宇宙からの美女に道を示される!?


 この数年の歴史漫画のトレンドとして、海外を題材とした作品の多さが挙げられますが、当然ながら海外の中にはアジアも含まれます。本作もその一つ――かのチンギス・カンの青年時代を描く作品ではありますが、そこにSF味を加えることで、希有壮大で奇想天外な物語が紡がれることになります。

 キヤト氏族の首長の長子でありながらも、第二夫人の子であるベクテルに試合で敗れ、新首長の座を譲ることとなったテムジン。その晩、水を汲みに湖に出かけたテムジンは誤って水中に落ち、その中で青く輝く狼と、美しい裸女に出会うことになります。
 自分がかつてこの星に墜ち、引力に縛られて自由に行動できない生ける金属――青き狼こと「地を揺らすもの(フェンリル)」の化身であると語る女。その内容はさっぱり理解できぬものの、溺れるところを救われた恩は返すと、テムジンはフェンリルの本体の欠片を水中から持ち出してほしいという、彼女の願いに応えると誓うのでした。

 何とか深い水中の欠片を引き上げようとするテムジン。その最中、今の氏族の――いや草原に暮らす人々の行く末への悩みを語る彼に、フェンリルは世界を一つの国にまとめることで、平和を創り出すことができると語り、テムジンにこの世界を統べろと唆すのでした。
 そんな中、突然襲来するタイチュウト族――タタール族との戦いのために必要な物資を調達しにきたという彼らにベクテルは殺され、たちまちのうちに集落は炎に包まれるのでした。

 皆を逃がすために湖に敵を引きつけたものの、奮戦空しく敗れて命絶たれたテムジン。再び湖底に沈んだテムジンに対して、フェンリルは……


 一代で草原の一族長から、世界に覇を唱えた大帝国の王に登り詰めたテムジン=チンギス・カン。そのあまりに劇的な業績のためか、テムジンを主人公とした作品は、オンゴーイング幾つも存在する状況であります。
 しかし本作はそのテムジンの物語に、宇宙から落下した生ける金属が、宇宙に帰還する手助けをさせるためにテムジンに力を与える――という一種SF的な味付けを施した点において、極めてユニークな作品であることは言うまでもありません。

 しかしこの設定、一歩間違えれば単なるチートになりかねないところですが、それをギリギリのところで回避しているのは、大西実生子の画の力によるところが大きいとしか言いようがありません。
 漫画版の『僕僕先生』で作画を担当した際に、ある意味原作以上に物語世界の広さを感じさせてくれたその端正かつ多様性に満ちたその画。その力は、異形とも言える設定の本作をして、無数の人々が住む広大な世界=地球に向かってその一歩を踏み出した青年の成長物語として成立させているのであります。


 と思いきや、この巻のラストでは突然舞台は大陸から日本――それも壇ノ浦に移り、そこで大暴れするあの英雄の姿を描くことになります。そして「彼」の傍らにもまた、宇宙からやってきた美女の姿が……

 ここまでで描かれるテムジンが、後世のチンギス・カンの事績から考えれば、あまりにも「綺麗すぎる」のに、実のところ違和感があったのですが――ここでチンギス・カンとある意味因縁浅からぬ、そして本作のテムジンよりも遙かにそれらしく感じられる「彼」の登場が、本作にどのような影響を与えることになるのか?

 ここに来て、一気に先の読めない要素を投入してきた本作。どうやらこの先も一筋縄ではいかない物語が展開しそうであります。


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