朝松健『真田妖戦記 1 「燦星秘伝」編』 王道を行く、そして奇怪な秘巻争奪戦
慶長18年、豊臣と徳川両家の命運を決する「燦星秘伝」を求めて大久保長安の館を訪れた猿飛佐助。しかしそこに現れた柳生の姫・佐久夜により、在処を示す茶入の片方が奪われてしまう。さらに林羅山一派も加わって始まる三つ巴の争奪戦。果たして秘伝に記された大秘事とは、そして長安の正体とは……
時代(伝奇)ものでは一二を争う人気の猿飛佐助と真田十勇士。そもそも時代(伝奇)ものの源流の一つというべき立川文庫は彼らから始まったのですからそれは当然と言うべきかもしれませんが――その彼らを扱った作品数多ある中で、私がこよなく愛する作品の一つが、本作に始まる三部作です。
本作は『真田三妖伝』のタイトルで刊行され、『忍・真田幻妖伝』『闘・真田神妖伝』と三部作を構成していたもの。それが電子書籍化に当たって『真田妖戦記』とシリーズタイトルが設定されたものであります(さらにその源流には、未完に終わった『妖戦十勇士』シリーズがあって――というのはさておき)
さて、慶長18年(1613)から20年を舞台とする本作ですが、しかし物語の発端は関ヶ原の戦の直後から――戦に敗れて捕らえられた石田三成の姿が描かれることになります。敗れてなお泰然自若としてた三成ですが、しかしその前に現れた大久保長安から、「星辰影向」なる秘儀の存在を知ったこと、そしてそれを燦星秘伝に記したと聞かされた途端、狂ったように取り乱し――と何とも気になる場面を序章に、物語は始まるのです。
そう、この物語の中心となるのはこの燦星秘伝――徳川・豊臣両家の存亡に関わる大秘を記し、莫大な黄金の在処を記し、この世のものならざる技術を記すという謎の秘巻。その秘巻を求めての争奪戦が、全編で繰り広げられることとなります。
巻物争奪戦といえば、伝奇ものでは王道とも定番中の定番とも言うべきものです。
さらにその争奪戦に加わるのが、猿飛佐助・霧隠才蔵をはじめとする真田十勇士、柳生宗矩の秘蔵っ子である柳生佐久夜を筆頭とする南光坊天海と柳生・服部連合軍、そして林羅山と大久保彦左衛門そして謎の美剣士・京極内匠を中心とした本多佐渡一派と、豊臣・徳川入り乱れての三つ巴の大乱戦となるのですから、面白くない訳がないではありませんか。
しかし本作はそんな時代伝奇小説の王道を往きつつも、しかし決して一筋縄ではいかない、起伏に富んだ――というよりもむしろ奇怪な(そしてそれでいて作者らしい端正な)物語世界を展開してみせるのであります。
その一端は、登場人物たちの人物造形にも見て取ることができます。例えば本作の主人公・猿飛佐助は、甲賀忍法の達人であり心優しい好青年、その相棒である霧隠才蔵は、不敵な伊賀忍法の達人――というのはある意味定番の造形であります。
しかし本作の佐助は忍法のみならずプレ新陰流ともいうべき新陰流猿飛の法の使い手、そして才蔵は口の減らない超美形で自信過剰の女好きと、どちらも一ひねりも二ひねりも加わったキャラクターなのです。
そして何とこの二人、物語冒頭で燦星秘伝の手がかりを求めて訪れた大久保長安館で、待ち受けていた幕府側の忍びたちと死闘を繰り広げた末に、壮絶な最期を遂げてしまうことに――! と、もちろんこれには種も仕掛けもあるのですが、このような我々にとってはお馴染みの、しかし余所では決して見ることができないキャラクターと物語が本作ではこれでもかと用意されているのです。
そしてその最たるものが、大久保長安の存在でしょう。大久保長安といえば、能楽師という出自にもかかわらず、武田信玄、そして徳川家康に重用され、特に徳川家では金庫番とも言うべき立場にあった人物であります。
その権勢は絶大なものがありながら、しかし死後に驚くべき謀反の証が次々と見つかり、一族断絶となったこともあり、時代伝奇ものでは怪人・妖人的扱いをされることのある人物ですが――しかし本作ほど奇怪な長安は他にはないでしょう。
何しろ冒頭で登場した長安は、この怪人とはほど遠いごく普通の老人。しかし彼の手元にあったのは、大久保長安から大久保長安に宛てた手紙――この不可解な手紙は何を意味するのか? 仮にもう一人の長安がいるとすれば、それは何者でどこにいるのか? そして何よりも、彼は何を目論んでいるのか?
その謎はあまりに意外な形で明かされ、そして物語を大きく動かしていくことになるのであります。
怪人の遺した秘巻を巡る三つ巴の争い――それはひとまず本作で決着しますが、しかし物語はまだまだ序章に過ぎません。燦星秘伝に記された、正・反・合の三つの星が導く物語の向かう先は――またいずれご紹介しましょう。
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