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2020.02.05

小山ゆう『颯汰の国』第3巻 彼らの日常が戦場に変わるとき


 江戸時代前期、幕府の横暴によって主家が改易となった青年・颯汰と仲間たちの痛快な活躍を描く時代活劇の続刊であります。奇想天外な策で落ち着く先を得た颯汰たちに次々と襲いかかる敵の攻撃――ついに颯汰は本当の戦いを経験することになります。

 自然に囲まれた高山藩で、育ての親や剣の師、仲間たちに囲まれて伸び伸びと育った青年・佐々木颯汰。しかしある日突然藩はお取り潰しとなり、藩主は切腹を命じられることとなります。
 その開城の使者となった好色かつ残忍な大名・横山宗長は、高山家の姫君・琴姫の美貌に目を付け、姫を略奪しようとするのですが――姫を奪い返した颯汰は、藩の重臣たちの思わぬ計画を知るのでした。

 それは隣合った幕府の直轄領を奪い、自分たちの国とすること――かの地の人々が横暴な代官によって苦しめられていることを知った高山藩の人々は、彼らの助けを借りて首尾良く代官一党を追い払うことに成功したのでした。
 しかしもちろん、そのままで済むはずがありません。琴姫を執念深く狙う宗長は、浪人たちを雇うと、彼らを颯汰たちの企てに参加を志望する態で潜入させることに……


 プロローグともいうべき第2巻までの段階では、奇策で勝利を続けてきた颯汰たち。その敵の隙を突いての策の数々は、寡兵でもって多勢を打ち破る痛快なものばかりでしたが――しかしその勢いがいつまでも続くとは限りません。
 そしてこれまで相手の返り血を浴びずに済んできた颯汰たちも、いつまでも無垢なままではいられないのであります。

 そしてこの巻の前半で描かれるのは、颯汰たちの前に現れた11人の浪人たちとの対峙――上で述べたようにこれは宗長の罠、同志と見せかけて内側から切り崩す算段なのですが、しかしこれはいささか複雑な様相を呈することになります。
 というのも、彼らもまた颯汰たちと同じく、幕府によって主家を取り潰され浪々の身となった人々――いわば明日の颯汰ともなりかねない人々なのであります。彼らが敵であろうと予想しつつも、何とか仲間に迎えられないかと颯汰たちが感じる一方で、浪人たちの側にも、颯汰たちの壮挙に共感する者がいるのです。

 そんな双方にとって複雑な心境のこの対面が何を生み出すのか――対決か、和解か、後者であればよいと感じるこちらの気持ちは、残念ながら裏切られることとなります。そしてその末に颯汰と仲間たちは、ついに自らの手を血に染めることに……


 お家取り潰しと幕府への反抗という、極めて緊迫した、そして悲壮な展開ながら、しかし受ける印象は極めて明るく、そして爽快な本作。
 その理由の一つが颯汰の明るく前向きなキャラクターに因るのは言うまでもありませんが、しかしそれだけでなく、彼とその友人たちの姿――彼らの青春の姿に因るところもまた非常に大きいと言えるでしょう。

 どんな苦境にあっても、それまでの藩での生活と変わらぬように笑いあい、ふざけあう颯汰と三人の仲間たち。やがてそこには琴姫とその弟も加わり、六人の仲間、六人の親友と言うべき関係になっていくのですが――いずれにせよそんな彼らの変わらぬ青春の「日常」があるからこそ、本作のトーンは明るく、そしてどこか安心できるものであったと感じます。

 しかしその日常が戦場に変わったら、いや日常に戦場が飛び込んできたら――その時、颯汰たちはそれまで通りの彼らでいることができるのか?
 この巻で描かれるその答えは、やはりどこまでも本作らしいものなのですが――生々しくも清々しく、そしてどこかもの悲しいその姿は、我々読者の胸に強い印象と、不思議な温もりを残すのであります。


 しかし颯汰たちの前には、なおも戦場が広がることになります。この巻の後半では、いよいよ高山家遺臣たちの蜂起が幕府の知ることとなり、更なる戦いが始まるのであります。
 そこでもまた、彼らしい活躍を見せる颯汰ですが――しかしその一方で忍び寄る暗い影。厭な予感は強まるばかりですが――その中でも彼らの日常は変わることなく続くことを祈りたいと思います。


 ちなみに颯汰には大きな出生の秘密があることが早々に明かされているのですが――この巻の時点では特にそれが活かされることがないのが、逆に本作らしいスタンスで好感が持てるところであります。


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