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2020.02.23

霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは闇を駆け抜ける』 甦った町を守る甦った男


 箱館戦争で倒れ、函館山の宇佐伎神社の境内で目覚めた青年・兎月。その前に現れた月読之命と名乗る少年は、彼が十年前に戦死し、神使として甦ったと告げる。かくて神社の用心棒となり、氏子の願いを叶えるため奔走する兎月だが、過去の記憶が甦るにつれ、ある疑念が浮かび上がって……

 毎月かなりの数が刊行されているライト文芸/キャラクターノベルですが、その中にも時代ものはいくつも含まれています。本作もその一つですが、登場するキャラクターといい設定といい、そして何よりもストーリーといい、なかなかに魅力的な作品であります。

 本作の主人公は「兎月」――実はこれは号であり、海藤一条之介という歴とした名前があるのですが、しかし彼の心に心に残っていた名前であります――と名乗る青年武士。
 面白いのは(といってよいかはわかりませんが)この兎月、十年前に行われた箱館戦争の最中に戦死していることで――死ぬ前に兎を助け、うっかり「生まれ変わったら兎になりたい」と思ってしまったために、それを聞き届けた月読之命の力によって、再びこの世に戻ってきたのです。

 この月読之命、言うまでもなくあの三貴子の一柱のツクヨミなのですが――しかしここ函館にいるのは本土から勧請されてきた分霊・ツクヨミ。そのためまだ力は弱く、子供の姿でしか行動できないため、兎月は彼を助けて神社を切り盛りすることになる――というのが本作の基本設定であります。
 何しろ生まれたての神様に、甦ったばかりで大部分の記憶を失っている男と危なっかしいことこの上ないのですが、そんな凸凹コンビが、氏子たちを、函館に住む人々を助けるために奔走することになります。

 そんな本作は全四話構成。やくざ者に嫌がらせを受ける菓子屋の未亡人を助けたり、質の悪い男に騙された女性の金を取り返したり、捨てられていた赤ん坊の親代わりを探して奔走したり――一つ一つの事件自体のスケールはご覧の通り大きくないように見えますが、しかしどれも見た目のままに終わらず、一ひねり加えられているのが楽しいところであります。

 そしてそこに関わってくるキャラクターたちも、最初は悪役だったけれども気の良いやくざの親分、ドルイドの血を引く異国の商会の頭取、ツクヨミとは神同士顔見知りの豊川稲荷と、こちらもなかなか楽しい面々です。
 特に豊川稲荷は、社の数が多いために分霊も数多く存在している――その姿がまた、稲荷ごとに(変化の度合いに応じて)異なっているのも、実にらしくて良い――という設定が面白く、後半のエピソードで思わぬ形で兎月たちを助けるのにも感心させられます。


 このように神様や妖の絡んだ人情ものとして楽しめる本作ですが――しかし最終話において、また異なる顔をみせることになります。

 月のない晩にばかり、函館の人々を無差別に襲う辻斬り。その辻斬りが兼定の刀を手にしていたことから、兎月の顔つきが変わることになります。実は兼定は彼にとっては因縁浅からぬ刀。少しずつ蘇ってきた彼の生前の記憶の中で、兼定は彼にとって忘れられないある男が手にしていた刀だったのですから。
 そんな兼定が悪事に使われているのを見過ごすわけにはいかないと、周囲の助けも借りつつ辻斬りを追いつめた兎月なのですが……

 というわけで、箱館戦争といえば、どうしても連想してしまうあの超有名人の存在がついにクローズアップされるこのエピソード。果たして兎月との関係は、あるいは兼定を振るっているのは本人なのでは、と大いに気になるばかりなのですが、終盤には、こちらの予想を超えるような展開が待ち受けています。
 詳しくは言えないのがもどかしいのですが、なるほどここでこう来るか――と、そのドラマチックな捻りに感心させられたのはもちろんのこと(あの人がズルいくらいに格好良いのも泣かせる)、ここで本作が函館を舞台とする必然性が見えてくるのが心憎いのです。

 その揺籃期から、戦争のみならず幾度もの大火によって傷ついてきた函館の町。しかしそれでも人々はその度に立ち上がっては町を再建し、その生を繋いできました。いわば時代を越えて甦ってきた町であり――そしてその姿は、やはり戦争で命を落とし、そして平和な時代に甦った兎月の姿に重なりあいます。
 そう考えれば、兎月が今この時に甦り、そして函館のいわば守護者となったことにも合点がいくというものではないでしょうか。


 あやかし人情もののスタイルを取りつつ、一つの町の姿を通じて、同様に一人の男の再生――単に死から甦っただけでなく、人間として新たな生に一歩踏み出す姿――を描く。そんな本作の構図に感心させられました。
 本作の時点で綺麗に完結しているのですが――続編があればもちろん読みたい物語であります。


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