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2020.02.25

斉藤洋『天保の虹 白狐魔記』 太平の世に起きた「戦争」と「武士」の姿


 突然現れた雅姫に誘われ、約130年ぶりに江戸を訪れた白狐魔丸。そこで彼が引き合わされたのは陽気な盗人の鼠小僧だった。それから数年後、大坂を訪れた白狐魔丸はそこで意外な人物に再会、さらに雅姫の想い人が生まれ変わって現れたことを知るが、彼は大塩平八郎の門下生だった……

 赤穂浪士の討ち入りを描いた前作『元禄の雪』から実に7年ぶり――その間にクロスオーバーした世界観の『くのいち小桜忍法帖』もありましたが――の新刊になった本作。
 白駒岳に住む白狐――仙人の下で神通力を身につけ、人間にも自由自在に化けられる白狐魔丸の目を通じて、「武士」「戦争」を軸に人間たちの歴史を描いてきたシリーズも、天保時代まで到達しました。

 毎回、様々な歴史上の有名人と知り合い、あるいはその姿を目の当たりにしてきた白狐魔丸ですが、今回彼の前に現れるのは鼠小僧、葛飾北斎、大塩平八郎の三人。
 特に鼠小僧は、毎回自由奔放に物語をひっかき回す雅姫が面白い奴というだけあって、なかなかにユニークな人物として描かれることになります。

 芝居小屋――雅姫は元禄以来(代を替えたふりをしながら)歌舞伎役者になっていたという設定が生きる――の木戸番の息子として生まれながらぐれて道を踏み外し、盗人の世界に踏み込んだ鼠小僧。
 恵まれない人に金をばらまく――などということは全くなく、盗んだ金は飲む打つ買うで使ってしまう色男ですが、しかしそこに暗さはなく、むしろ気持ちのいい人物として描かれているのがユニークなところでしょう。

 しかし本作の面白いのは、ニセ鼠小僧が存在することであります。巷説のように金をばらまいていたのはこちらという設定なのですが、しかしそれを偽善――何しろこのニセ者は女子供に暴力を振るい、金も半分は自分のものにするのですから――として強烈に否定してみせるのが、また本作らしい。
 この二人の鼠小僧が、意外な形で交錯することになるのですが――その伝奇的な仕掛けも実に面白いところであります。

 そしてもう一人、白狐魔丸が江戸で出会うのが北斎なのですが、こちらは出番は少ないものの、やはり強烈な印象を残す人物。ふとしたことで知り合った白狐魔丸を気に入り、絵に描くのですが――それが何と、と実に本作らしい形で北斎という人物の凄みを見せてくれるのも嬉しいところです。


 さて、実は本作は内容的に前半後半に分かれるのですが、前半が江戸を舞台とするのに対して、後半は大坂が舞台となります。

 数年白駒岳で暮らした後、ある出来事をきっかけに飢饉が起きていることを知り、外界の様子を見に旅立った白狐魔丸。大坂を訪れた彼は、思わぬなりゆきから大塩平八郎のことを知るのですが――と、ここでようやく登場するのが、本作における「武士」である大塩。言うまでもなく、町奉行所の辣腕与力であり、陽明学者であり――そして乱を起こして大坂の町を焼いた、あの大塩です。

 このように様々な顔を持つ大塩ですが、本作では狷介であったという側面をクローズアップして、パワハラ気質の偽善者的に描いているのがユニークな点でしょう。
 雅姫はおろか、白狐魔丸の師匠の仙人にも嫌われ、後に白狐魔丸にも容赦ないツッコミを受けるのにはちょっと手厳しすぎるかな、という印象はあるものの、これはこれで実に本作らしい見方であると感じます。

 先に述べたように、本シリーズのテーマは、「武士」と「戦争」であります。大塩の乱は、この点からすると少々違和感を感じないでもなかったのですが――しかし島原の乱以来、ほぼ二百年ぶりに幕府の正規軍とも言うべき旗本が出陣したことを考えれば、やはり「戦争」なのでしょう。
 しかしその「戦争」はわずか半日で終わり、そして首謀者はそこから逃亡し、(言われてみれば)「武士」らしからざる最期を遂げた――やはりそのあり方は異なるとはいえ、これまでの物語とは大きく趣を異にすると感じますが、しかしそれこそが本作の舞台となった天保という時代を映したものと感じます。

 ある意味、これまでの物語以上にその核を掴みにくい本作ですが――やはり『白狐魔記』に相応しい形で人間の歴史を描いた物語と言えるでしょう。


 しかし、本作の随所で示されていたように、新しい時代は目前まで来ています。再び「武士」が激しく長い「戦争」を繰り広げる時代が。
 白狐魔丸の目にはそれがどのように映るのか――本作の結末からすると、彼はそれどころではなくなるかもしれませんが、それを含めて、次の物語も楽しみにしています。


『天保の虹 白狐魔記』(斉藤洋 偕成社) Amazon
天保の虹


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