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2020.02.26

ヒューリック『沙蘭の迷路』 辺境の町で名判事を待つ三つの怪事件


 時は唐代、西方の辺境・蘭坊に知事として赴任した狄判事は、町が銭茂なる悪党に牛耳られ、政庁も有名無実化していたことを知る。早速銭茂を退治した狄判事だが、引退した老将軍の密室殺人、何処かへ消えた巡査長の娘の行方、亡くなった元都督の遺産争いと三つの事件に巻き込まれることに……

 ツイ・ハークの『王朝の陰謀 判事ディーと人体発火怪奇事件』の原案としてクレジットされているロバート・ファン・ヒューリックのミステリシリーズの記念すべき第一作であります。

 主人公の狄判事こと狄仁傑は中国唐代の実在の政治家ですが、あの武則天に諫言しても疎まれず、かえって重用されたというのですからその才のほどがうかがわれる人物。
 そしてこの狄仁傑はフィクションの世界では公案小説――日本でいえば大岡政談のような奉行所ものというべきでしょうか――の主人公として活躍しています。

 作者のヒューリックは本職はオランダの外交官(!)ですが、中国の文学や風俗に傾倒し、この狄仁傑を主人公とした公案小説を英訳、さらに自分でも彼を主人公としたミステリを執筆した――というのがこのシリーズの由来ですが、驚くのはその完成度の高さ。
 作中で描かれるキャラクター描写、ストーリー展開、そして描かれる文化風俗など、実に「らしく」違和感がない。あたかも当時の公案小説を現代語訳したかのような――というのは大げさかもしれませんが、外国人が、現代人が書いた違和感というのがないのは、素晴らしいことと感じます。

 さて、そんな本シリーズの基本設定は、各地の知事として派遣された狄判事が、そこで様々な事件――それも単独ではなく複数が絡み合った難事件を解決していくというもの。
 そして狄判事には四人の腹心――狄家に昔から仕える忠僕・洪亮、緑林の豪傑出身の喬泰と馬栄、裏街道に通じた口八丁の陶侃という個性的な面々が仕えており、彼らの協力を受けて狄判事は事件に挑むことになります。

 特にいかにも江湖の豪傑らしい気風の良さで腕っ節自慢、酒と女に目がない馬栄と、冴えない風采ながら。賭博やら詐欺やらの裏稼業に詳しいのを活かす陶侃など、武侠もの好きには実に親しみの持てるキャラクターなのが楽しいところです。


 さて、前置きが長くなりましたが、本作は各地を転任してきた狄判事の四番目の任地での出来事を描く物語であります。

 任地である西方の辺境・蘭坊(架空の都市)にやってきてみれば、いきなり山賊に襲撃されるわ、役所には誰もいないわ――と、そこは絵に描いたような荒んだ町。実は町は数年前から悪党・銭茂に支配されて歴代の知事は見て見ぬふり、中には不審な死を遂げた者もいる有様で、山賊たちも銭茂に苦しめられて町にいられなくなった者たちだったのです。
 もちろん狄判事が銭茂に屈するはずもなく対決を決意するのですが、しかしこちらは判事と四人の腹心、捕らえた山賊たちのみ。襲いかかる銭茂一味をどう迎え撃つのか……

 と、いきなり緊迫の展開ですが、ここで胸のすくような水際立った手腕で狄判事は銭茂一味を退治、たちまちのうちに町の治安を復活させて――とここからが本編。次々と持ち込まれる事件に判事は挑むことになります。
 亡くなった先の都督の長男と、後添いと彼女が生んだ次男の間で持ち上がった遺産相続争いの鍵を握る山水画の謎。
 引退した老将軍が何者かに毒殺され、町を訪れていた彼の政敵の息子が犯人として告発された密室殺人。
 銭茂に目をつけられた後に姿を消した巡査長(冒頭で狄判事を襲った後に改心した元山賊)の長女の行方。

 さらにそれに加えて銭茂の背後にいて彼を操っていた謎の人物の存在、さらに町に迫るウイグルの軍勢と盛りだくさん。それぞれの謎自体も面白い(特にミスリーディングを含む様々な要素が絡み合った密室殺人)のですが、個々の事件にとどまらず、それぞれが有機的に結びつき、さらに事件を複雑怪奇なものとしているのに感心させられます。
 そして原題(と旧訳題)の「中国迷路」――都督の別荘に作られた迷路庭園にまつわる謎も、その謎解きとヒントになるアイテムの存在、そして待ち受けるショッキングな展開と、タイトルとなるだけに本作の様々な要素が凝縮されたような存在として強く印象に残ります。


 さらに、狄判事も推理力・判断力には長けながらも、陰惨な事件の連続と、それに刑を下すことの重みに悩むなど、実に人間臭いキャラクターなのもいい。
 実に全16巻に及ぶシリーズの開幕編として申し分ない作品であることは間違いなく――当然ながら他も読みたくなる作品であります。


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