張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第3巻 「こちら側」と「それ以外」の呪縛が生む悲劇
古代中国の怪談集『捜神記』を題材に、妖狐・廣天を巡り展開するちょっと――いやだいぶおかしな物語もこれで第3巻。この巻の前半では、第2巻から引き続き、千年前の廣天誕生秘話が描かれることとなりますが、事態は思いもよらぬ方向へ……
時の皇帝による妖怪狩りから逃れ、炭片となってしまった神木をお供に旅に出た廣天。その目的は、自分の母代わりでありながら、皇帝を陰から動かしていた妖狐・阿紫の真意を探ることだったのですが――その阿紫と自分の母の過去を知るというネズミ・俔と出会い、彼から千年前の物語を聞くことになります。
春秋戦国時代、とある小国の宮廷で陽という変わり者の娘と出会った阿紫と俔。その面白キャラぶりに陽を気に入る阿紫ですが、実は陽はその国の公(君主)に見初められ、その子――すなわち廣天を生んでいたのであります。
しかし様々な思惑を秘めて廷臣たちが陽と生まれた子を殺すために兵を派遣し、二人の命は風前の灯と思われたのですが――実は陽の正体は公を守るために招請された伝説の戦士・宋無忌。襲い来る兵を壊滅させた彼女は廣天とともに、首都に向かうことに……
というわけで、この巻の半分近くを費やして描かれるのは過去編の後半戦。面白呑気な陽と阿紫の宮廷ライフが描かれていたものが、思わぬところで事態は悪化し、凄惨な死闘が繰り広げられたかと思えば、さらに恐るべき魔物が目覚めて――と、ここでは本作には珍しいほどの人死にが描かれることになります。
前の巻で大量に登場したキャラクターたちがそれぞれの因縁に囚われ退場していく様にはただただ圧倒されるばかりですが、しかしその中でも印象に残るのは、「こちらの世」と「それ以外」の関係性に縛られた者の姿であります。
この構図は、これまで物語の中で描かれてきた「人」と「それ以外」の関係性と同じに見えるかもしれませんが――しかしここで描かれるのは、同じ人の世界でも「こちら」とそれ以外に切り分け、異物を排除しようとする人の姿なのであります。
そんな人間のある種の業とすら呼べるものによって生み出されたこの悲劇・惨劇。その有様は、普段が普段だけに、ひどく苦く、やるせなく感じられるのです。
そして千年前の物語を通じて、廣天は阿紫の真意を知ることになったわけですが――その直後に、廣天(というか炭片)を襲う思わぬ惨劇(描写が描写だけに全くそんな感じがしないのがまたヒドい)。
炭片を救うべく彷徨う廣天は、以前に出会った鬼を見る力を持つ少年・伯と出会い――と、第2巻で登場した単発ゲストと思われた伯の存在が、ここで思わぬ形でクローズアップされることになります。
さらに伯が思わぬ人物の関係者であったり、伯自身も相当重いものを――やはりこちら側と向こう側にまつわる――背負っていたりと、一見無関係に思われた人物・エピソード・要素が意外な形で繋がっていくという本作ならではの用意周到な展開がここでも展開するのには驚かされるのですが……
その一方で、人の寿命にまつわる碁打ちの老人二人や、弟子たちの前から消えた老博士の末路(?)など、『捜神記』で比較的知られたエピソードが散りばめられているのも楽しい。
特に後者は、誰もがKOされたアイツが、さらにヤバい形で再登場、そりゃあ博士も――と大いに納得の展開(それでいて原典とは正反対の解釈と受け取れるのが心憎い)で、よく知られた怪異譚にたっぷりとギャグを絡めた上で、新しい物語を、新しい解釈を描いてみせる本作の魅力は健在なのです。
さて、物語は佳境に入ったということか、廣天もいよいよ阿紫と対面することを決めた様子。
果たして廣天が語る、阿紫の勘違いとは何なのか――本作のことですからおそらく実にしょうもないことだとは思うのですが、それだけにホッとさせてくれる結末が待っていてほしいと、そう期待しているところであります。
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