モーリス・ルブラン『綱渡りのドロテ』 痛快な冒険譚が描くヒロインの魂の輝き
四人の子供たちと旅を続けるサーカスの座長・ドロテが訪れたロボレー城。そこに集う人々が、殺された彼女の父と共に莫大な財宝を探していたことを知ったドロテは、In robore fortunaなる言葉に秘められた宝の謎解きに挑むことになる。宝を狙う悪漢との死闘の末、ドロテが最後に手にしたものは……
怪盗紳士ルパンシリーズの姉妹編とも言うべき作品であり、そしてルパンに負けないほど魅力的なヒロインが大活躍を繰り広げる、「痛快」という言葉が形となったような物語――それが本作であります。
まず姉妹編ということの意味を申し上げれば、本作はルパン本人は登場しないものの、『カリオストロ伯爵夫人』で語られたカリオストロ四つの謎の一つが題材となって展開する物語であります(残り三つは、同作と『奇巌城』『三十棺桶島』)。
言ってみれば本作はルパン・ユニバースに属する物語であり――それ故、日本のルパン全集には別巻という形で(あるいはルパンが登場する形で改変されて)収録されていたものであります。
しかしそこでのタイトルは『女探偵』『女探偵ドロテ』と「探偵」が強調されていたのですが――確かに本作の探偵役はドロテであるにせよ、しかしやはりこの肩書きは一面的に過ぎるとしか言いようがありません。
何しろこのドロテは、様々な顔を持つキャラクターなのであります。放浪のサーカスの女団長にして花形スター、四人の戦災孤児の母親、そしてもちろん上に述べたとおり秘宝探しとそれにまつわる怪事件の探偵、さらには貴族のプリンセス……
こうして見ると、ある種女性の理想像を集めてきたようなキャラクターですが、それがお仕着せの、あるいは書き割りの優等生に決してとどまらないものとなっているのは、その根本にあるのが、たゆまぬ冒険心と自由闊達さであるためでしょう。
何しろ彼女は、サーカスを率いる女座長兼花形だけあって、立て板に水とばかりに飛び出す言葉を支えるのは頭の回転の速さであり、もちろん身のこなしの方も超一流。悪漢を向こうに回しても一歩も引かぬ駆け引きを見せる度胸の持ち主でもあります。
それでいて直接的な腕力(暴力)という点では屈強な男には敵わない、というアクセントも物語として巧みな点ですが――いずれにせよ「快男児」という言葉がある意味片手落ちであることは、彼女の存在が証明していると、そんな印象すら受けるのであります。
ルブランだからして(?)ひどく生々しかったり、怪奇趣味だったりする物語が展開することになるのですが、それが決してどぎつくはなく、爽快感すら感じさせるのは、ひとえに彼女のキャラクターによるものでしょう。
さて、そんな彼女が挑むのは、彼女の父、いや先祖の代から伝わるIn robore fortunaなる言葉に秘められた謎。彼女の父はその言葉が刻まれた黄金のメダルを持っていたものの、何者かに殺されてそれを奪われ――という因縁があるのですが、その因縁に導かれるように、彼女は様々な冒険を潜り抜け、そして様々な男性に巡り会うことになります。
(が、それがロマンスにまで発展しないのは、彼女の大活躍ぶり――というより本作の男性陣は基本的にだらしない――によります)
その果てにたどり着くのが、遙か200年前、死からの再生の夢に取り憑かれ、秘薬を服用してこの世を去ったさる侯爵の存在というのがまたルブランらしい伝奇/怪奇風味でありますが、何とその侯爵までもが出現して――という外連味も実に楽しく、ミステリとしてはプリミティブな部分もあるものの、ドロテの波瀾万丈な冒険を最後まで楽しむことができました。
しかし――本作の、ドロテの真の魅力は、その最後にあると言えます。その詳細はさすがに述べられませんが、全ての謎が解かれ、冒険を終えた後の彼女の選択――その見事さ、痛快さ、そして暖かさに心を動かさない読者はいないのではないでしょうか。
そこにあるのは、ドロテをドロテたらしめているもの、In robore fortunaという言葉の意味――「宝は魂の堅固さにあり」にまさしく相応しい、魂の輝きなのですから。
彼女の活躍が本作限りというのは実に残念ですが――と考えるのは誰もが同じらしく、瀬名秀明が『大空のドロテ』という大作を発表していますが――この結末もまた実に彼女らしいと、そう笑顔で感じることが出来る快作なのであります、
『綱渡りのドロテ』(モーリス・ルブラン 創元推理文庫) Amazon
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