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2020.02.02

嶋星光壱『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』第1巻 「二人の」ホームズを真っ正面から描く漫画版開幕


 あの日本を代表する作家である夏目漱石と、あの名探偵シャーロック・ホームズの出会いを、本格ミステリ界の巨星・島田荘司が描いた名作――の漫画版第1巻であります。描かれる事件のトリッキーさに負けないユニークな構成の物語を、この漫画版は如何に描くのでしょうか?

 20世紀初頭のイギリスはロンドンに夏目漱石が留学し、様々な苦労を重ねたことは有名な史実ですが、その同時期、それも地理的に極めて近い場所で、シャーロック・ホームズが活躍していたのもまた事実であります。
 それ故というべきか、私が知るだけでも3つの作品(間違いなくまだまだあるでしょう)で漱石とホームズは競演しているのですが――本作(の原作)は曲者揃いのそれらの物語の中でも一際輝く作品であります。

 というのも、本作は通常のホームズ物語のようにワトスンが語り手ではない――いや正確にいえばワトスンだけではありません。ワトスンと、漱石自身が――つまり両者が交互に、自分の目から見た物語を描くのであります。
 同じ物語を、同じ登場人物を、二人の作者が描いたとき――そこには、単なる主観の相違というレベルではない、とんでもない違いを生み出すのであります。


 ロンドン留学早々、下宿で奇妙な出来事に――夜毎、彼の部屋で不気味な音や声が聞こえ、彼を脅かす――見舞われることになった漱石。睡眠も取れず衰弱しきった彼は、学問の師であるクレイグ先生から、同じベーカー街に住むという探偵を紹介されることになります。

 しかしこの探偵、数年前に精神病院にたたき込まれ、ようやく出てきたという奇人。同居している医師がいなければ何をしでかすかわからない人物だというではありませんか。
 それでも怪事に耐えかねたのと、見料は無料らしいというのに惹かれてベーカー街221Bを訪れた漱石ですが、そこに待ち受けていたのは、見当違いな推理を得々と述べた挙げ句、間違いを指摘されると激昂して襲いかかってくる危険すぎる変人で……

 というわけで、漱石から見たホームズの第一印象は、どう見ても薬中の狂人。このような視点からホームズを描いた作品はないでもありませんが、しかし本作の場合、ワトスン側から描かれる姿はいつものホームズなのですから、そのギャップというか何というかには驚かされます。
 そしてこの漫画版は、その違いを――ホームズ像の大きすぎるギャップを、真っ正面から描くことになります。ビジュアルに微妙な違いはあるものの、しかし基本的に同様の姿のホームズが、片や狂ったように暴れ廻り、片や冷静沈着に(そしてちょっと耽美に)推理する、その二つの姿を。

 なるほど、原作ではこの二つのホームズ像は、作中の描写をもとに読者が脳裏に浮かべることとなりますが、この漫画版ではそれをきっちりとビジュアル化してみせてくれることで、よりそのギャップの大きさ、触れ幅の大きさを見せてくれるのであります。(なまじリアルな絵柄だけに、漱石から見たホームズの強烈なこと!)
 原作の大きな魅力は、この二つのホームズ像が――というより漱石の視点が――やがて変化していく様にあるのですが、その点をどうビジュアル化してみせるか、これは楽しみにしてよさそうです。


 しかし――この漫画版では、もう一つのビジュアル化が為されることになります。漱石、ワトスンと並ぶ偉大な作家、大いなる語り手である島田荘司先生その人を!
 ……要するにナレーション的に物語の要所要所に登場して語りを入れてくださるのですが、これまたリアルすぎるビジュアルに、こちらはもうドキドキであります。

 考えてみれば、上に述べたような本作独自の構成をわかりやすくするためのテクニックかと思いますが、その説得力たるや…… やってくれた! と脱帽するしかありません。


 さて、妙なところで感心してしまいましたが、本作の物語はまだまだこれから。美しき依頼人が語る奇怪な出来事――それを予兆として起きる惨劇を、そしてそれに挑む「二人の」ホームズを、本作はどのように描いてくれるのか?
 それを思うとき、何故今この作品を漫画化? という疑問などどこかへ消えてなくなってしまう――そんな先が楽しみな作品の開幕であります。


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