美奈川護『はしたかの鈴 法師陰陽師異聞』 登場、探偵道満と「式神」弟子!?
怪異を信じぬと嘯きつつ、平安京で法師陰陽師として口八丁手八丁で活躍する芦屋道満。驚異的な記憶力を持つ「式神」の少女・鷂とともに次々と奇怪な事件を解決し、名を上げていく道満だが、彼には内裏に入り込もうとするある理由があった……
今なお毎月のように新作が発表されている陰陽師ものですが、その中でも本作は極めてユニークな作品であります。何しろ本作の主人公は芦屋道満――安倍晴明のライバルとして知られ、それこそ陰陽師ものに(悪役として)数多く登場する有名人なのですから。
しかし本作の道満は、市井で活動する法師陰陽師といういささか変わった立場とはいえ、怪異を信じないと語る変わり者。そしてそれ以上に、目にしたあらゆるものを記憶し、さらに凄まじい演算能力をもつしょう少女・鷂――かつて鬼の子呼ばわりされて親に塗籠に閉じこめられていたところを拾った彼女を「式神」として常に連れている点が、本作の最大の特徴といえます。
自分は怪異を信じていないくせに、当時の人々の鬼や怪異を恐れる心につけこみ、周囲には「式神」で通している鷂とともに、道満は様々な事件に挑むのです。
そう、本作は陰陽師ものでありつつも、超自然的怪異との戦いを描くのではなく、何者かが超自然を装ったその背後にあるものを暴く、いわば道満を探偵役とした一種のミステリなのであります。
羅城門に現れて屍を漁る女、時を狂わせるという謎の鬼などといった、いかにも陰陽師ものらしい怪異に対し、道満は持ち前の人間観察眼と話術、そして鷂の超記憶能力を武器に、合理的に謎を解いてみせる――そんな趣向は、実に新鮮で面白いのです。
そして本作が見事なのは、こうしたユニークな物語を、「史実」――すなわち芦屋道満そして安倍晴明について伝える伝説や巷説を巧みに取り込みつつ、それを換骨奪胎して新たな物語を作りだしている点であります。
藤原顕光の命で道満が行ったという藤原道長への呪詛、晴明と道満の当て物対決をはじめとする数々の因縁、さらには晴明と智徳法師なる陰陽師との対決まで――それぞれいかにも本作らしい解釈がほどこされているものの、描かれるのは、これら陰陽師ファンであれば常識のような数々の「史実」の再解釈であり――これもまた一種の謎解きでしょう。
そんなミステリ的趣向が楽しい本作ですが、しかしそれ以上に魅力的なのが、道満と鷂のキャラクターであります。
怪異を恐れる人々の心を利用して金を稼ぎ、あるいは相手の弱みを握ってのし上がろうとする道満。そんな彼はいかにも悪党と呼ぶに相応しい傲岸不遜な人物ではありますが――物語が進むにつれて明らかになっていくのは、そんな彼の背負う過去の傷であり、そこまでしてものし上がらなければならない理由であります。
詳細は伏せますが、その過去こそは、彼が怪異を否定する――いや、過去を否定しなければならない理由。そしてそれが明らかになった時、こちらが彼を見る目もまた、大きく変わらざるを得ません。
その一方、鷂はある意味道満以上にユニークな存在であります。
持って生まれた超人的な能力故か、はたまた今で言うレグレクトされてきた幼少期のためか、ほとんど人間らしい感情を持たない鷂。ただ道満の言うままに忠実に従い「式神」として振る舞う――ある意味超俗的な彼女と、世俗の固まりのような道満の噛み合わないやりとりは、本作のどこかコミカルなムードの源と言ってよいでしょう。
しかし、そんな二人の関係性は、物語の中盤から変化を見せることになります。
ひょんなことから顕光の娘・元子に気に入られ、その側に仕えることになった鷂。初めて道満のもとから離れ、他者と共に過ごす中で、彼女の中に変化が――人間性が生まれていくことになるのです。
その鷂の姿が何とも微笑ましい一方で、鷂の変化に気を揉み、気を使う道満の「親心」も実におかしいのですが――しかしそしてそんな中で、道満は気付くのであります。怪異を嫌い、否定してきたはずの自分自身が、鷂を「式神」という怪異にしてきたことに。
それに気付いた時、道満の行動は、そして鷂の選択は――冒頭と見事に照応した結末は、心憎いほどであります。
陰陽師ものという趣向を用いた謎解きを横糸に、個性豊かな道満と鷂の関係性の変化――成長を縦糸にした本作。その両者を見守る安倍晴明の飄々とした、そして得体の知れないキャラも楽しく、陰陽師ファンほど、より楽しめる作品といっていいでしょう。
是非ともこの先の二人の冒険を読んでみたいと思わされる――そんな快作であります。
『はしたかの鈴 法師陰陽師異聞』(美奈川護 集英社文庫) Amazon
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