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2020.03.25

野田サトル『ゴールデンカムイ』第21巻 二人の隔たり、そして二人の新たなる旅立ち

 樺太・ロシア編もいよいよエピローグといったところでしょうか、長い旅を追え、アシリパたちを連れて帰ってきた杉元一行。しかし北海道に帰ってきたところで、果たしてアシリパに平和な暮らしは待っているのでしょうか。鶴見と土方、それぞれの勢力の思惑も交錯する中、彼女の選択は……

 キロランケの死そして尾形の逃走と、波乱に次ぐ波乱の末、ようやくロシアを離れ樺太まで戻ってきた杉元たち。途中、尾形に狙撃対決で敗れたロシアの狙撃兵・ヴァシリが、彼との再戦を期して勝手に着いてきたりもしましたが、まずは帰りの旅は何ごともなく終わるように見えます。

 が、ロシアで一度は姿を消したソフィア(と岩息?)が新たな勢力として北海道を目指し、鯉登少尉は鶴見に対してある疑念を募らせ、そして北海道では前巻から登場した有古一等卒を挟んで鶴見と土方の暗闘が繰り広げられ――と、黄金争奪戦を巡る人間関係はいよいよ複雑になるばかりであります。
 何よりも、今の杉元は鶴見の監視下にある身分であり、アシリパを連れ帰るということは、鶴見に彼女を、彼女の持つ情報を引き渡すということに繋がります。果たしてそれでアシリパがこの争奪戦から解放されるのか? これまでの状況を考えれば、それは疑わしいところであります。


 と、そんな入り組んだ状況にありながらも、杉元たちの帰りの旅は、一見のどかで、楽しげなものに映ります。
 偶然活動写真の興行主と知り合ったことから、アシリパはアイヌの昔話を活動写真に残すと俄然エキサイト、杉元や白石、さらには鯉登や月島(何故か二人で女装)、谷垣まで巻き込んで、てんやわんやの撮影開始――と、この辺りの脇道への逸れ方は、これはこれで本作らしいなあ……

 と思っていれば、ここで谷垣とチカパシの別れの前奏曲が、そしてそれ以上に、アシリパと両親の思わぬ「再会」という大きな大きな出来事が描かれることになるのですから、全く以て油断ができません。
 そしてそこからアシリパが今後歩むべき道へ――そして、彼女に対する杉元の在り方まで繋がっていくに至っては、ただただ唸らされるのみであります。

 思えば成り行きで出会いながら意気投合し、冒険を始めることとなった杉元とアシリパ。それ以来、黄金争奪戦の中で、ほとんど考える間もなく駆け抜けてきた二人ですが――しかしアシリパの父の遺言を聞いた杉元、そしてキロランケとの旅の中でアイヌとしての自分のアイデンティティを見つめ直すことになったアシリパにとって、旅の意味はいつまでも同じではありません。
 何よりも、アイヌとして自分に何ができるのか考えるようになったアシリパと、彼女を戦いから遠ざけようとする杉元の間には、大きな方向性の違いが生まれてしまったのですから……

 もちろん、アシリパに対する杉元の態度は人間として、和人として、実に理想的であり――そこには、アシリパにまさに自分自身の理想を投影する側面もあるものの――好感の持てるものであります。
 しかし、作中では(半ば意図的に)これまで描かれてきませんでしたが、和人の支配下の北海道で暮らすアイヌの苦境は、歴史が示しています(その意味で、アイヌである有古の思わぬ真実と、彼を待ち受ける二重に過酷な運命は、その一つの象徴のように感じられます)。


 そんな二人が、何よりもアシリパが何を選ぶのか――それはこの巻のラストで描かれることになります。アシリパを――アシリパの瞳を前に、普段のメフィストフェレスぶりをかなぐり捨てた鶴見(彼にも人間らしい側面があったのか、とある意味感心させられますが)の態度をきっかけにして。

 そしてその選択の中身は――それはここで言うまでもないでしょう。それは実に二人らしい爽快で痛快な、「そうこなくっちゃ!」と言いたくなるようなものなのですから。
 そこに待つのは、もちろんこれまで以上に困難な闘いではあるのですが、しかし今はただただ、二人の再出発を心から応援したくなる――そんな結末をもって、この巻は幕を閉じます。そこからの道に何が待つのか、それはもちろんまだわかりませんが――しかし二人にとって、どんな道も自分自身が望む道。決して後悔などはないと、信じられるのであります

(そしてその前の場面で、わかっていて言っているのか単なる勢いなのか、杉元にぶつける白石の言葉も、白石という男の在り方を感じさせてくれて実に好きだなあ)


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