誉田龍一『よろず屋お市 深川事件帖 2 親子の情』 女探偵、最後の事件……
育ての親の万七亡き後、よろず稼業「ねずみ屋」を引き継ぎ、奮闘を続けてきたお市。そのお市の夢に最近現れるのは、幼い頃に殺された両親だった。そんなある日、お市の前に岡っ引き時代の万七の仲間だったという男・長兵衛が現れ、二人がかつて逃した盗賊の残党探しを持ちかけるのだが……
数多くの文庫書き下ろし時代小説シリーズを発表し、そして操觚の会の渉外担当として八面六臂の活躍を見せてきた誉田龍一先生が、今月の9日に逝去されました。
私もネットだけでなく、操觚の会のイベントなどでお会いし、色々とお世話になってきました。それだけに第一報以来、いまだに信じられないという思いがあります。
そして悲しいことに、現在発表されているシリーズは未完ということになります。まことに残念ながら本作もその一つということになりますが――ハヤカワ時代ミステリ文庫の一つとして楽しませていただいていたこともあり、追悼の意を込めて、今回取り上げさせていただきます。
幼い頃に両親を失い、岡っ引きの万七に引き取られて育てられたお市。その後、万七は仕事でしくじって十手を失い、以降はよろず稼業「ねずみ屋」として活躍していたのですが――しかしある日、水死体となって発見されることになります。
万七の死に様に不審なものを感じたお市は、いつかその謎を解き明かすため、そしてねずみ屋の看板を下ろさぬため、生前に万七から教わった様々な探索の極意と、実の母の形見だったというジーファー(琉球簪)を武器に、よろずや稼業を引き継ぐことに……
という基本設定の本シリーズですが、時代小説にはありそうでほとんどなかった私立探偵、それも女性の私立探偵――岡っ引きのような職業探偵ではなく、ディレッタントの素人探偵でもない――を主人公とした、なかなかにユニークな作品であります。
そんな「女には向かない職業」にわざわざ挑もうというだけに、お市には知恵も度胸も腕っ節も人並み以上にあるのですが――しかしそれでもやはり、男の悪人が複数出てくれば抵抗するのがやっとの状態。かくて、時代小説の女性主人公(剣士や忍者以外)としては異例なほど、毎回ボコボコになりながらお市は事件に挑んでいくのであります。
さて、この第2巻は前作同様の全4話構成です。
15年前に残忍な盗賊に襲われて全てを失い、いま死を目前とした元大店の主が、その時に行方不明となった娘探しを依頼してくる「父娘無情」。
身寄りのない姉弟を引き取ったものの、姉は家出を繰り返し、ついには弟を連れて出ていってしまったという若い父親からの依頼から始まる「姉弟孤独」。
前半2話ではどちらも副題の「親子の情」に相応しい内容のようでいて、しかし――という、苦い味わいが何とも本作らしい物語が続くことになります。(特に第1話は、真相はすぐに察しがつくものの、それが明らかになる時の登場人物の心の動きが圧巻)
そして後半2話も同様に「親子の情」にまつわるものではありますが――しかしそれがお市自身の物語であるのが目を引きます。
お市が8歳の時に何者かに殺された両親。しかしそれがあまりにショックであったものか、彼女の記憶の中では、両親の顔は常に黒く塗りつぶされた状態にあります。
そんな両親が毎日のように夢に現れるという辛い状況の中、お市は育ての親と生みの親――すなわち万七と両親と、それぞれに関わる事件に絡むことになります。そしてその中でお市は、「親」に絡むあるショッキングな事実を知ることになるのです。
たった一人のよろず屋稼業ではあるものの、常に彼女の心(記憶)の中にあって、彼女の冒険を支えてきた万七。前作同様、本作においても、お市の心のなかでは、ほとんど自問自答のようなレベルで万七の教えが思い出され、彼女はそれに従って事件に挑むことになります。
しかし、そんな一種の依存のようにも見えるお市と万七の関係は、本書の終盤において、ある理由から、大きく変化することになります。
そんな状況で、お市はよろず屋を続けていくことができるのか。そして万七の死の真相を掴むことができるのか? (ラストの行動はもはや「探偵」という域を超えているのではないか、という点も含めて)何とも気になる引きとなったのですが――しかし本作の続編は、もう二度と読むことはできないのでしょう。それが今では口惜しくてなりません。
それでも優れた物語は残り続ける、読まれ続ける――そうあって欲しいと、今は切に願うのみであります。
『よろず屋お市 深川事件帖 2 親子の情』(誉田龍一 ハヤカワ時代ミステリ文庫) Amazon
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