諸田玲子・田牧大和・折口真喜子『ねこだまり 〈猫〉時代小説傑作選』(その一)
絶好調で巻と版を重ねる細谷正充の女性作家による時代小説傑作選ーシリーズ、第5弾は『ねこだまり』。そのタイトルから察せられるように、猫を題材とした6つの作品が収録されています。人情ものからミステリ、ホラーまでバラエティに富んだ作品を、一作品ずつ紹介していきましょう。
『お婆さまの猫』(諸田玲子)
互いに惹かれ合った相手に想いを残しながらも、別の相手に嫁ぐことになった結寿。そこで離れに一人暮らす夫の祖母の相手をすることになった彼女ですが、ある日お婆さまの可愛がっていた猫が行方不明となってしまったのでした。
悲しみから寝付いてしまったお婆さまのため、実家の伝手も使って懸命に猫を探す結寿ですが、ようやく見つけた猫は、厄介な相手の元にいて……
元火盗改めの祖父と暮らしていた娘・結寿を主人公とした『狸穴あいあい坂』シリーズの第2作『恋かたみ』に収録された本作は、タイトルの通り、結寿の(義理の)祖母の猫を巡る物語であります。
耄碌して昔話を繰り返すお婆さまが大切にしている猫が行方不明となった――とあれば、誰だって必死に探したくなりますが、その騒動が、ミステリ仕立てで料理されているのがまず巧みな点でしょう。
猫はどこに消えたのか、どうやって猫はそこに行ったのか。そしてどうやって猫を取り戻すのか? 特に最後の点は、実に痛快極まりない展開が待っているのですが――しかし作品を彩るのは、どこかもの悲しく、湿った空気であります。
それもそのはず、結寿は恋い慕った相手と引き離されて、顔も知らなかった相手に嫁いだばかり。その相手も、婚家も良い人ばかりなのですが、それでもなお埋められない悲しみと、そしてそれを隠すことの後ろめたさの描写は、何とも心に迫ります(特に後者の巧みなこと!)
そんな彼女と、もはやほとんどの過去を失ってしまったお婆さまを重ね合わせつつ、小さな明かりを灯すような結末には心を温められるのです。
『包丁騒動』(田牧大和)
猫のサバとその子分(?)の絵師・拾楽が暮らす鯖猫長屋で起きた騒動。仲むつまじいことで知られた利吉とおきねの夫婦が、包丁を持ち出すほどの大喧嘩を始めたのです。
やむなく仲裁する羽目になった拾楽ですが、利吉がようやく語ったその理由は、何とも面倒なもの。意固地になってしまった利吉を助けるため、一肌脱ぐ拾楽ですが、思わぬ強敵に出会うことに……
猫時代小説というテーマに、ある意味最も相応しい――というよりむしろ、本作あってこその本書という印象すらある作者の人気シリーズ『鯖猫長屋ふしぎ草紙』の第4巻の巻頭を飾ったのが本作。不思議な力を持つ(らしい)鯖猫のサバと、実は元盗賊という過去を持つ拾楽を中心に、長屋で起きる様々な騒動を描くシリーズの一編です。
夫婦喧嘩という、ある意味定番のイベントを題材としつつも、その喧嘩の真相と、そこに存在する入り組んだ感情を何とかほぐそうとする拾楽をはじめとする長屋の人々の奮闘が描かれるのですが――そこにさらにユニークな味わいを与える付けのはサバの姿。
人間の悪戦苦闘などどこ吹く風、のマイペースぶりは実に猫らしいのですが、拾楽のピンチを救ってみせる姿は貫禄十分。やはり真の主役、と言いたくなるのであります。
『踊る猫』(折口真喜子)
京で悠々自適の生活を送る与謝蕪村のもとを訪ねてきた絵師・主水。幼い頃に蕪村に見いだされたお陰で絵の道に進み、以来、時に先輩後輩として、時に切磋琢磨する友人として過ごしてきた二人の交流を描く物語――蕪村を主人公に据えた作者の初短編集の表題作であります。
蕪村を狂言回しに、様々な不思議な出来事を描いた同書ですが、しかし本作は蕪村と主水の長きに渡る交流の姿を淡々と綴るのみ。ですが、これが実に素晴らしい。
蕪村の恬淡として、しかし洒脱な人柄と、彼の周囲に広がる天然自然の美の世界――それがこちらの心にもしみじみと伝わり、心を解きほぐしてくれたような気持ちになるのです。あるいは本作は、本書のような様々な作品が収められた場で、さらに輝くような物語であるかもしれません。
ちなみにタイトルの「踊る猫」は、蕪村と主水――結末に明かされるその絵師としての名には驚く方も多いでしょう――の競作の名。その実物をご覧いただくと、本作の味わいはさらに増すこと請け合いです。
後半3作は次回ご紹介いたします。
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