サックス・ローマー『悪魔博士フー・マンチュー』 怪人再来! ロンドンの「裏側」での戦い
フー・マンチューとの死闘から2年、再びピートリー医師の周囲で起こる怪事件。帰ってきたネイランド・スミスは、再び怪人がイギリスに襲来したことを告げる。忍び寄る敵の魔手に敢然と挑む二人だが、消息を絶っていた愛しのカラマニはピートリーのことを忘れ、再び怪人の奴隷と化していた……
『怪人フー・マンチュー』の続編――黄色人種の帝国樹立のため暗躍する悪の天才科学者フー・マンチュー博士に対し、英国政府の弁務官ネイランド・スミスとその親友ピートリー医師が死闘を繰り広げるシリーズ第2弾であります。
前作ではスミスたちと丁々発止の死闘を繰り広げた末、彼の腹心だった奴隷娘・カラマニの助けもあり、追い詰められた末に大爆発に消えたフー・マンチュー。弟を人質に心ならずも従わされていたカラマニも救われ、ピートリーと(たぶん)結ばれてめでたしめでたし――という結末を迎えたのでした。
しかしそれから2年後、深夜の往診の呼び出しに出かけたピートリーは、それが偽の呼び出しであったこと、自分とスミス共通の知人であり、かつてフー・マンチューに狙われた牧師が攫われたのを知ることになって……
というわけで、再びスミスとともに冒険に乗り出すことになったピートリーを語り手に展開する本作は、良くも悪くも前作の忠実な続編という印象であります。
要するに
(1)中国の真実を知る者がフー・マンチューに狙われる→それを阻むためにスミスたちが急ぐ
(2)スミスたちがフー・マンチューに命を狙われる→奇怪な手段に何とか反撃しようとする
(3)フー・マンチューのロンドンでの拠点を発見した→壊滅のために乗り込む
という3つのパターンの繰り返しなのですが――しかしヒロインであるカラマニの存在が、前作とは異なるアクセントを加えています。
前作ではピートリーとほとんど初対面の時点でいきなりデレた末に、ひたすら内助の功(?)を発揮して、主人公コンビが窮地に陥るたびに救い主として現れたカラマニ。
正直なところ、彼女がいなければ何度主人公が死んでいたかわからない状態なのですが、本作では、彼女は前作のラストからの間に行方不明となり、そして再登場してみれば再び敵側の人間に、という展開となります。
この辺りの真相は、まあすぐに予想がつくところではありますが、いずれにせよ前作に比べて比較的緊張感がある展開となったのは事実と言えるでしょう。
まあ、後半またデレた末に、ついに終盤では――という展開で、相変わらず上から目線の割りには失敗が多いスミス(作中ではフー・マンチューはピートリーを気に入って何度か仲間入りを進めてくるのですが、ある意味納得)に比べると、遙かに役に立っていたのもまた事実なのですが……
もっとも、前作のネガティブな部分、すなわち当時の中国人――というよりアジア人全般に対する偏見に満ちた描写は相変わらずで、この辺りはいかに当時の事情とはいえ、呑気にいま楽しんでよいものか、引っかかるところではあります。
しかしそれでもなお本作が(上に述べたとおりのパターンの連続とはいえ)冒険活劇として楽しめてしまうのは、やはり作者のエンターテナーとしての腕によるものと感じます。
特に舞台となる深夜のロンドン郊外や人種のるつぼとして描かれるホワイトチャペル、人気の絶えた夜のミュージアム街。あるいは北部の荒涼とした湿地帯に立つ呪われた塔、幾人もの怪死者を出した幽霊屋敷など――当時の読者が親しんできたであろう「表側」のロンドン/英国に対する「裏側」の世界を物語の舞台としてみせたのは、これは本作ならではの魅力といってもよいかと思います。
特にブラバツキー夫人の名前がサラリと出てきたりと、作者のオカルト趣味が随所にうかがえるのも、なかなか楽しいところでしょう。
色々な意味で、多くの人に積極的にお薦めするとは言い難い作品ではありますが、今回も何だかんだ言いつつも、ラストまで読んでしまう作品でありました。
ちなみに本作、電子書籍の表紙がある意味非常に印象に残るのですが――黒猫であればまだ作中の描写に合っていたのに、と思わないでもありません。まあこれは蛇足であります。
(もう一点、これはこちらの勘違いかもしれませんが、フー・マンチューが義和団で家族を失ったというのは、映画版の設定ではないかしらん)
『悪魔博士フー・マンチュー』(サックス・ローマー ヒラヤマ探偵文庫) Amazon
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