平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第16章の1『のざらし』 第16章の2『坊主に断られた回向』 第16章の3『百万遍』
北から来た盲目の美少女修法師の退魔行を描く『百夜・百鬼夜行帖』、久々に紹介の第16章では、仕事がない間の徒然に左吉にねだられて、百夜の口から、左吉と出会う前の事件たちが語られることとなります。
『のざらし』
調伏の仕事がない合間の退屈しのぎに、自分の知らない百夜の事件が聞きたいと言いだした左吉。自分も退屈していたのか、それに応えて百夜は、江戸にやって来たばかりの頃の出来事を語り始めます。
千住での依頼を済ませた帰り、小塚原近くで野晒しを探しているという男・徳太郎と出会った百夜。野晒しを持って帰って愛で、その後で供養してもらうという徳太郎に付き添うことになった百夜ですが、いつしか二人は異界に入り込むことになります。
そして二人の前に現れる、無数の首だけの亡魂。亡魂たちに追いかけられ、逃げ惑う徳太郎ですが……
というわけで、何とも酔狂というか不気味というか――奇怪な道楽の持ち主が中心となる本作。
事件の真相や物語の構成自体は、左吉のようにツッコミを入れたい気持ちがないでもありませんが、雪の中というシチュエーションで起きる怪異の凄絶さは白眉と言うべきでしょう。結末の百夜の選択も、左吉がいない物語ならではと感じられます。
『坊主に断られた回向』
亡くなった主人のもとに枕経をあげに来た坊主が三人続けて逃げ出すという椿事が起きた大店。大店から依頼を受けた百夜は、結界が張られた座敷の中で、奇怪な出来事に遭遇するのですが……
ある意味シリーズでも屈指のインパクトのあるタイトルですが、そのタイトル以上にユニーク(?)な、百夜に持ち込まれた事件の内容も印象に残る今回。
葬儀についてはプロフェッショナルであるはずの坊主たちを逃げ出させたモノとは――それはここでは書きませんが、確かにこれは実物に遭遇したら腰を抜かしても無理はありません。
もちろんそれに冷静に対処する百夜ですが、そこから彼女が掴んだ真相はさらに意外かつ、本作らしい細やかな人情を感じさせるもの。事件の黒幕に思えた人物の行動の理由と、その情を無碍にしない百夜と人々の行動が、温かな余韻を残します。
『百万遍』
最初に調伏した霊と問われて百夜が語った事件。それは彼女が十歳になるかならないかの頃の出来事――師の峻岳坊高星に連れられて出かけた百万遍念仏供養の場で、百夜は師から「すぐに帰さなければならない子供がいる」と告げられたのでした。
修行の一環として、その場にいた五人の子の中から、そうと知られずにその子供を見つけ出せと語る峻岳坊。その言葉を受けて、子供たちと何気ない会話を始める百夜ですが、彼女の心眼には、五人とも普通の子供としか映らず……
百夜最初の事件という、何とも気になる内容でありつつも、そのイベント性に負けない内容の面白さを持つ今回。
「何を」どころか「なぜ」もわからないまま、五人の子供の中から特定の一人を見つけ出すため、さりげない会話で情報を引き出す――というシチュエーションであり、本作の特徴の一つであるミステリとしての趣向が、最も色濃く表れていると言えるでしょう。
そしてその謎解きも、ミステリとしてフェアなものでありつつ、辿り着いた真相は本作ならではの怪異なものというのがまた面白い。しかしそれ以上に、百夜がすぐにその真相に気付けなかった理由に唸らされました。
なるほど、百夜(それもまだ修行途中の)であればこういうこともあり得るか――と、本作だからこそ、何よりもこの時系列だからこそ成立する謎解きの妙に満足いたしました。
引き続き百夜の修行時代を描く後半の3話は、また別途ご紹介いたします。
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