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2020.04.30

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第16章の4『鐵次』 第16章の5『白木村のなみ』 第16章の6『首くくり村』

 美少女修法師と怪異の対決を描く『百夜・百鬼夜行帖』第16章は、百夜の語られざる事件を描く過去編。その後半では、奥州での百夜の冒険が描かれることになります。生と死にまつわる数々の事件の中で、百夜は……

『鐵次』
 左吉にせがまれゴミソの鐵次との出会いを語る百夜。師匠の峻岳坊高星のもとで修業中であった百夜は、抜き身の刀のような異様な気配を放つ鐵次と出会い、師の命でともにある仕事を果たすよう命じられたのであります。
 死んだ者がそこを通って恐山の宇曾利山に向かうと言われる山に亡魂が溜まっているという師の言葉に、反目しながら向かった二人。そこで二人は、山の頂上に向かおうとする無数の亡魂を目の当たりにすることになります。そして頂上で二人が見た亡魂の核の正体とは……

 タイトルの時点でファンには大いに気になるのがこのエピソード。何しろ、作者のシリーズキャラクターの一人にして、百夜の兄弟子である鐵次の過去編であり、百夜と鐵次との出会いを描くというのですから。
 「今」では、亡魂を祓うたびに縫い込んだ無数の端布付きの長羽織がトレードマークの鐵次ですが、この当時はまだ長羽織は真っさら。そして「今」以上にぶっきらぼうな彼と、鼻っ柱の強さでは似た者の百夜の一歩も引かないやりとりが楽しいのですが――事件を引き起こしていた存在が二人の前に現れたとき、物語の色調は大きく変わることとなります。

 大飢饉で家族はおろか、村そのものが全滅した中でただ一人生き残ったという過去を持つ鐵次。そんな彼の存在は、百夜とはまた異なる形で、陸奥というものを背負っていると感じさせられます。
 鐵次のあれはここからだったのか!? という結末も、もちろん強く印象に残るエピソードです。


『白木村のなみ』
 陸奥湾沿岸の漁村で、数年にわたり続く、三十名もの屈強な漁師たちが行方知れずになる事件。村の肝入りに依頼を受けた峻岳坊の話を聞いた百夜は、行方知れずが始まった年に亡くなった者のうち、水死した白木村のなみという子供に注意を引かれるのでした。
 なみの亡魂に導かれ、小舟に乗って海に出た百夜。しかしそこで彼女は無数の水死した亡魂と、それを操る謎の存在と遭遇することに……

 「祟りがないくらいの怖い話」という左吉のリクエストに応えて百夜が語るのは(結構サービス精神旺盛)、前話に続き、彼女が無数の死者と対峙することとなる、確かに恐ろしい話であります。
 特に前半の山場である、百夜が乗った小舟が無数の水死人に囲まれる場面、そしてクライマックスの、水死人を操るモノと水中で百夜が対峙する場面の迫力、緊迫感はかなりのものがあります。

 タイトルロールのなみの存在感が薄いのが残念ですが、まだ未熟な百夜の迷いが描かれるのも新鮮に感じられる物語です。
(そしてその迷いは、次のエピソードと重なる部分があるのですが)


『首くくり村』
 珍しく不安げな峻岳坊の言葉に送られ、原因不明の首吊りが続くという破寺に向かった百夜。そこで同じように首吊りの噂を聞きつけてきた雲水・禅定と出会った百夜は、ともに寺に重苦しく漂う何者かの想念の正体を探ることになります。
 その最中、禅定と言葉を交わすうちに、大きな戸惑いを覚える百夜。やがて彼女は思わぬ窮地に陥ることに……

 修業時代で一番危なかった話というリクエストを受けて語られるこのエピソード――既に師が認めるほどの強大な力と、それを用いるだけの分別を持つようになった百夜ですが、ここでは思わぬ生命の危機に遭遇することになります。

 そんなこのエピソードで描かれるのは、人は、生き物は何故生きるのか、という問いを巡る禅定との問答。ある意味最も根源的なその問いに対する百夜の答えが、今回の物語の核心であり、テーマと言うべきでしょう。
 無数の亡魂たちが荒れ狂うエピソードが多かったこの章の結びとしては一見地味に見えるかもしれません。しかしここで提示される百夜の答えは、生と死を描いてきた物語の結末に、まことに相応しいものと感じられます。

 そしてそれは、今この時代を生きる我々に対する作者からの心からのエールとして感じられるのであります。

『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『鐵次』 Amazon / 『白木村のなみ』 Amazon / 『首くくり村』 Amazon

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